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第四章「賢者と生娘の別れ」

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「それもこれも、すべてはあの忌まわしき魔女アンブローネのせいじゃ」
「どうしてそうなるのです?」
「童貞とはすなわち、生まれながらにして子孫を残さぬよう宿命づけられた男子のことじゃ。たかが女ごときが政治に関わると、ろくなことにならん」
「お言葉ながら、そういうお考えはあまりにも時代遅れだと思いますが……」

 断種とは、帝国法の成立によってその仕組み自体が廃止されてもなお、一部の氏族や宗派のあいだで根強く信仰されていた悪しき風習だ。
 いまだ継承法にのっとった相続制度が存在しなかった時代、由緒正しき名門貴族のあいだでは、領地の分割を避けるためにしばしば子孫の間引きが行われた。
 兄弟が多ければ他家へ養子に出し、双子が産まれれば片方を捨てた。夫を亡くした妻は、再婚を許されず髪を下ろして出家した。女の子が産まれた場合、処女のまま生け贄として祭壇へ捧げられた。
 家父長から廃嫡を強いられた男子は、制約を誓って聖なる騎士となるか、俗世を捨てて学問の道へと進んだ。
 成人を迎えるための通過儀礼と称して、陰茎を切除したり睾丸を摘出したりする事例もあった。
 それが皮肉にも、男系の断絶という結果を招いた。
 そのあとから台頭してきたのが、女系の血筋につらなる分家の一族や、色仕掛けを使って玉座を簒奪した閨閥勢力だった。

「暴君ダリオンから褒美として先帝の剣をたまわった時、わしはこう考えた」
 賢者グリフィムは、よろめきながらも杖をついて立ち上がり、窓辺に寄っておぼろげな月夜を眺める。
「この家宝を質屋に入れたあと、町の裏通りにある夜のお店へ行って、思い残すことなく童貞を捨ててしまおうかと……」
「どうりで、ずいぶんとお帰りが遅かったわけですね……」
 エロナは、何と答えるべきかわからず戸惑った。詳しい経緯も聞かされずに突然こんな話を打ち明けられたのだから無理もない。
「しかし、わしはそうせなんだ。いや、そうしたくてもできなんだ」
「なぜですか?」
「もう勃たぬからじゃよ。わしのあそこがの」
 賢者グリフィムは、頭の後ろに垂れたローブのフードを目深にかぶり、黙ってうつむく。
 よもやこれが、まるで我が子のように自分のことを可愛がってくれたご主人様との最後の別れになろうとは、この時のエロナは知るよしもない。
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