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第二章「童貞の子」

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 その昔、寒さが厳しい北方の地域はあまり文明が進んでおらず、農業や交易があまり盛んではなかった。
 一年を通して雨量が少なく気温も低いため、帝国人が主食とする作物はほとんど育たず、庶民の食卓に並ぶのは、もっぱら葉っぱや木の実を煮込んだ味気のないスープばかりだった。
 女手ひとつで食べざかりの息子を育てるフローディアの暮らしぶりは、はたから見ても決して楽なものではなく、それを気遣って時おり仕留めた獲物を届けてくれる狩人がいた。
 狩りの時期が終わって冬支度を始めるころになると、薪割りや大工仕事を手伝ってくれた。田畑が荒れ果てて野盗がはびこる世の中、用心棒がいてくれると何かと心強い。
 その男の名前は、ウルリクと言った。周囲から変わり者だと噂される独り身の無頼漢だっただけに、誰とでもわけ隔てなく接するフローディアとの仲は、とても親密そうに見えた。
 山の神々をあがめ、森の精霊をうやまう先住民たちの中には、帝国の文化を受け入れて集落へ移り住む者もいれば、昔ながらの伝統や風習をかたくなに守り続ける者もいた。
「女人と交わり禁忌を犯すこと。これすなわちセックスなり」
「セックス……?」
 少年時代のクライオは、夏が来るたびに川で魚釣りをしたり、弓や罠を使って野生の動物を狩った。普段は帰りが遅いと心配するフローディアも、知り合いの大人と一緒ならばと条件をつけて遠出を許した。
「セックスとは、我らの言葉で禁じられた行為のことだ」
 ウルリクは、拾った小枝をへし折って焚き火にくべる。手のひらをかざして暖を取りながら、じっと炎の揺らめきを見つめる。
「だったら、他人の命を奪ったり、持ち物を盗んだりすることは……」
「すべてセックスである」
 クライオは、動物の毛皮をかぶって夜風をしのぎつつ、満天に広がる銀河を眺める。森の住人たちが奏でる不思議な楽器の音色に耳をかたむけながら。
「よいか、クライオよ」
 ウルリクは、ささやくように静かな語り口で告げる。
「男はなぜ、他人の命を奪ったり、持ち物を盗んだりすると思う?」
「それは……」
「どうしてもセックスがしたいからだ」
 いまだ大人の事情を知らぬクライオにとっては、いくら考えても答えが出ない疑問のように思えた。
「おまえも大きくなれば、いずれわかる時が来るだろう。セックスを禁じれば、おのずと見えてくる。我らにとって本当に大切なものが」
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