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Piano:遠距離恋愛のとき
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何でこうやって和やかにこの人と、まったりお茶をしてるんだろう。
きっかけは叶さんと相思相愛を確認した数日後。俺はライブハウスに向かおうと、大通りをてくてく歩いていた。
視線の先に見たことがある人が、こっちに向かって歩いてくる――あの顔は水戸さんだ。
医務室で宣戦布告されて尻尾をまいて逃げた俺としては、今一番会いたくない人。つぅか、どんな顔すればいいか分からなかった。
迷うことなく回れ右をして、来た道を必死に戻る。走りかけた瞬間、両肩をガシッと掴まれた。
(ああ捕まった……)
「やぁ、奇遇だね」
「はぁ……」
「この間は済まなかったね。俺も未練がましいことをして、君を混乱させてしまった」
渋々振り返ると、俺の目をじっと見ながら突然謝ってきた。しかも丁寧に頭を下げるなんて。その態度に、おどおどするしかない。
「やっ、そんなもう終わったことですから。頭を上げて下さい」
「それにしても君はスゴイね。あんな中林くん、見たことがなかったよ。カバンで思いっきり殴られて、すごく痛かったろう。泣いてたもんな」
なぜかキラキラした目で俺を見る。
あの場面、見ていたんだ……。何だかすっごく恥ずかしい。
「なぁどうやって中林くんを落としたんだい? 自分をさらけ出すことができる君って、どんな魅力があるんだろう。俺から奪うくらいだから、凄いモノを持ってるとか?」
俺の魅力って何? 凄いモノって何? 叶さんからは何も言われていないし聞いてもいない。
そう言えば具体的に、どこが好きって言われてないな。
「さぁ、どこなんスかね?」
分からないので答えようがない。
首を傾げていると、いきなり右手を水戸さんの両手でニギニギされた。
(この人、一体ナニ!?)
「是非とも、君という人間を知りたい。一体何者なんだい? 今時の若者と違って、何て謙虚な態度をしているんだ」
あの、ワケが分からないんですが……?
「えっと申し遅れました。山田賢一と言います」
何者だと言われたので、名前を言ってみる。これ以外の答えようはない。俺の顔は今、すっごく引きつっていると思う。
「山田くんかぁ。じゃあ携帯番号、教えてくれないか?」
何で元カレと今カレが交流しなきゃならないんだ。俺が水戸さんから叶さんを奪ったというのに、このフレンドリーさが逆に怖いよ。
もしかして何か、裏があるんじゃないのか?
「何でそんなに、俺にこだわるんですか?」
ドキドキしながら訊ねてみる。
「山田くんの魅力を知って、男力を上げたくて。妻とよりを戻したいし、頼むよ番号教えて下さい」
そう言って、俺の両肩をゆさゆさする。
一回り以上年齢離れた男性に体を揺さぶられて何かを強請られる姿は、明らかに周囲の目から見たらオカシイだろう。
懇願されたので、しょうがなく教えてあげた。
「じゃあ今度、話を聞いてね」
そう言って、水戸さんは軽い足取りで去って行った。
叶さんにこの話をしたけど、どこ吹く風。まったく興味なし。元カレと今カレがお友達な状態は、俺の中では在りえないんだけどなぁ。
そしてこのお付き合い、叶さんがアメリカに行っても続いているわけで――
「明日アメリカに出張なんだが、中林くんに何か伝えたいことや渡したい物はないかい?」
なんて親切に水戸さんが言ってくれる。
いいなぁ、叶さんに会えるんだ。
「別に、何もありませんよ」
嫉妬心を隠すべく、コーヒーを飲んだ。
そんな俺を見て、何かを思い出したように話し出した水戸さん。
「君の会社に、今川ってヤツがいるだろ?」
「はい、今川課長ですよね」
「そいつとこの間呑んだんだが、山田くんが優秀だって聞いたよ」
「はぁ……」
どんなトコで繋がってるかわからないなぁ、怖い怖い。
「今川は大学の後輩でトロくさい男なんだが、君のサポートのお陰で仕事ができるって褒めてたよ」
自分のことのように嬉しそうに喋る水戸さん。俺は与えられた仕事をこなしているだけなのに。
「しかも新人の中で、営業成績がトップだっていうじゃないか。さすがは中林くんが選んだ男だなぁ」
一昨日、叶さんから国際電話がかかってきた。
「マンハッタンの夜景がとても綺麗なの。一緒に見たいなって思ったんだ」
切なげに喋る叶さんの声を聞いて、俺の胸がキュンとする。
だから必死に頑張っているのだ、絶対アメリカへ行くために。その一心で仕事をしている。
「いつも思うが、本当に謙虚だなぁ山田くん」
水戸さんの声で、一気に現実へと引き戻された。
何も言わなかったら言わなかったで、謙虚にとられる。言ったら言ったで、スゴイなぁと褒められる。そして一向に、この人の腹の中がまったく分からない。叶さんの元カレだけに、隙を見せられない。
「向こうで叶さんに会っても、手を出さないで下さいね。俺のなんですから」
一年前は言えなかった言葉を、はっきりと告げてやる。今度はそばにいてあげることができないんだから、今カレとして注意を促した。
気合の入った俺の言葉を聞いて、水戸さんは苦笑いを浮かべる。
「大丈夫だよ。アメリカ出張の後に、妻が自宅に帰ってくる予定なんだ。君のアドバイスのお陰だな」
「俺、アドバイスなんてしましたっけ?」
「ほらほら、言ってたじゃないか。自分の気持ちをはっきりと伝えまくるって。あの暗示が効いたみたいだよ」
暗示って、いったい……。
「そうですか、良かったです。これで俺もお役御免できるワケですね」
感情を込めずに言うと、
「これから何が起こるか分からないからダメだよ。人生相談はこれからってことで、宜しく頼む!」
両手を合わせて、俺を拝んでくる水戸さん。
おいおい、まだ付き合いは続くんですか。
うんざりしながら、そっと天井を見上げた。
叶さん、助けて……。
きっかけは叶さんと相思相愛を確認した数日後。俺はライブハウスに向かおうと、大通りをてくてく歩いていた。
視線の先に見たことがある人が、こっちに向かって歩いてくる――あの顔は水戸さんだ。
医務室で宣戦布告されて尻尾をまいて逃げた俺としては、今一番会いたくない人。つぅか、どんな顔すればいいか分からなかった。
迷うことなく回れ右をして、来た道を必死に戻る。走りかけた瞬間、両肩をガシッと掴まれた。
(ああ捕まった……)
「やぁ、奇遇だね」
「はぁ……」
「この間は済まなかったね。俺も未練がましいことをして、君を混乱させてしまった」
渋々振り返ると、俺の目をじっと見ながら突然謝ってきた。しかも丁寧に頭を下げるなんて。その態度に、おどおどするしかない。
「やっ、そんなもう終わったことですから。頭を上げて下さい」
「それにしても君はスゴイね。あんな中林くん、見たことがなかったよ。カバンで思いっきり殴られて、すごく痛かったろう。泣いてたもんな」
なぜかキラキラした目で俺を見る。
あの場面、見ていたんだ……。何だかすっごく恥ずかしい。
「なぁどうやって中林くんを落としたんだい? 自分をさらけ出すことができる君って、どんな魅力があるんだろう。俺から奪うくらいだから、凄いモノを持ってるとか?」
俺の魅力って何? 凄いモノって何? 叶さんからは何も言われていないし聞いてもいない。
そう言えば具体的に、どこが好きって言われてないな。
「さぁ、どこなんスかね?」
分からないので答えようがない。
首を傾げていると、いきなり右手を水戸さんの両手でニギニギされた。
(この人、一体ナニ!?)
「是非とも、君という人間を知りたい。一体何者なんだい? 今時の若者と違って、何て謙虚な態度をしているんだ」
あの、ワケが分からないんですが……?
「えっと申し遅れました。山田賢一と言います」
何者だと言われたので、名前を言ってみる。これ以外の答えようはない。俺の顔は今、すっごく引きつっていると思う。
「山田くんかぁ。じゃあ携帯番号、教えてくれないか?」
何で元カレと今カレが交流しなきゃならないんだ。俺が水戸さんから叶さんを奪ったというのに、このフレンドリーさが逆に怖いよ。
もしかして何か、裏があるんじゃないのか?
「何でそんなに、俺にこだわるんですか?」
ドキドキしながら訊ねてみる。
「山田くんの魅力を知って、男力を上げたくて。妻とよりを戻したいし、頼むよ番号教えて下さい」
そう言って、俺の両肩をゆさゆさする。
一回り以上年齢離れた男性に体を揺さぶられて何かを強請られる姿は、明らかに周囲の目から見たらオカシイだろう。
懇願されたので、しょうがなく教えてあげた。
「じゃあ今度、話を聞いてね」
そう言って、水戸さんは軽い足取りで去って行った。
叶さんにこの話をしたけど、どこ吹く風。まったく興味なし。元カレと今カレがお友達な状態は、俺の中では在りえないんだけどなぁ。
そしてこのお付き合い、叶さんがアメリカに行っても続いているわけで――
「明日アメリカに出張なんだが、中林くんに何か伝えたいことや渡したい物はないかい?」
なんて親切に水戸さんが言ってくれる。
いいなぁ、叶さんに会えるんだ。
「別に、何もありませんよ」
嫉妬心を隠すべく、コーヒーを飲んだ。
そんな俺を見て、何かを思い出したように話し出した水戸さん。
「君の会社に、今川ってヤツがいるだろ?」
「はい、今川課長ですよね」
「そいつとこの間呑んだんだが、山田くんが優秀だって聞いたよ」
「はぁ……」
どんなトコで繋がってるかわからないなぁ、怖い怖い。
「今川は大学の後輩でトロくさい男なんだが、君のサポートのお陰で仕事ができるって褒めてたよ」
自分のことのように嬉しそうに喋る水戸さん。俺は与えられた仕事をこなしているだけなのに。
「しかも新人の中で、営業成績がトップだっていうじゃないか。さすがは中林くんが選んだ男だなぁ」
一昨日、叶さんから国際電話がかかってきた。
「マンハッタンの夜景がとても綺麗なの。一緒に見たいなって思ったんだ」
切なげに喋る叶さんの声を聞いて、俺の胸がキュンとする。
だから必死に頑張っているのだ、絶対アメリカへ行くために。その一心で仕事をしている。
「いつも思うが、本当に謙虚だなぁ山田くん」
水戸さんの声で、一気に現実へと引き戻された。
何も言わなかったら言わなかったで、謙虚にとられる。言ったら言ったで、スゴイなぁと褒められる。そして一向に、この人の腹の中がまったく分からない。叶さんの元カレだけに、隙を見せられない。
「向こうで叶さんに会っても、手を出さないで下さいね。俺のなんですから」
一年前は言えなかった言葉を、はっきりと告げてやる。今度はそばにいてあげることができないんだから、今カレとして注意を促した。
気合の入った俺の言葉を聞いて、水戸さんは苦笑いを浮かべる。
「大丈夫だよ。アメリカ出張の後に、妻が自宅に帰ってくる予定なんだ。君のアドバイスのお陰だな」
「俺、アドバイスなんてしましたっけ?」
「ほらほら、言ってたじゃないか。自分の気持ちをはっきりと伝えまくるって。あの暗示が効いたみたいだよ」
暗示って、いったい……。
「そうですか、良かったです。これで俺もお役御免できるワケですね」
感情を込めずに言うと、
「これから何が起こるか分からないからダメだよ。人生相談はこれからってことで、宜しく頼む!」
両手を合わせて、俺を拝んでくる水戸さん。
おいおい、まだ付き合いは続くんですか。
うんざりしながら、そっと天井を見上げた。
叶さん、助けて……。
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