Piano~ピアノ~

相沢蒼依

文字の大きさ
上 下
9 / 58
叶side

しおりを挟む
***

 待ち合わせの場所に到着した途端に、さっき別れたばかりの彼からメールがきていた。

『先程はわざわざライブを見に来て頂き、有り難うございます。とても嬉しかったです。髪形も叶さんが言う通りに、短くカットしたんですがどうでしたか? 賢一』

(てっきり史哉さんからのメールだと思って、慌てて見たのに違った……)

 名前を教えないずぼらなトコあるくせに、こういう律義なところもあるんだな。

 半分呆れながら、手早くメールの返信をした。

 ワイルドな感じがして良かったと思ったけど、史哉さんからのメールでないことに落胆は隠せない文面を打ち込んでしまう――

『思っていたより、髪形が似合ってた』

 送信ボタンを押した瞬間、突然大きなもので目隠しをされた。

「どこの男にメール、送っていたんだい?」

「史哉さん……」

 目隠しを外された刹那、史哉さんが逃げられない勢いでキスをする。その大胆な行動にびっくりして、慌てて押し戻した。どこかに会社の人間がいるかもしれないというのが、常に頭にあった。

「唇が冷たい、かなり待たせた?」

 私が押し戻したことを責めずに、わざわざ心配してくれる。

「ここに来るのに、少し歩いたから」

「で、どこの男にメールしてた?」

 ずいっと私の顔にわざわざ近づけてきて聞いてくる。

「大学の後輩です……」

「ふーん。じゃあ行こうか」

 背を向けて歩き出す史哉さんに合わせて、並ぶように私も歩く。

 たまにこうやって嫉妬する史哉さん。でもあまり深く突っ込んでこない。逆にそれが寂しくもあり悲しかった。

「今日の服装、カジュアルな感じだな」

 お店に着いて椅子に座った途端に告げられた言葉に、苦笑いを浮かべるしかない。

「こんなにお洒落なバーなら、もっと良いのを着てくれば良かった……」

 かっちりスーツでライブハウスには行けないから、適度に砕けた感じの服装をしていた。

「叶は、何を着ても似合うよ」

 そう言って髪を撫でてくる。外でそういうのをされるのは、正直落ち着かない。

「会社の奴等はいないし、周りも俺たちのことなんて見てないから。そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫だよ」

「でも……史哉さんの自信はアテになりません」

 眉根を寄せながら苦情を言ってみせたら、アハハと笑って誤魔化す。

「今日の叶は何だか甘え上手だな。このままお持ち帰りしていい?」

 耳元が弱いのを知ってて、わざとそこで喋るなんて本当に確信犯。しかも甘え上手になっているのは、賢一くんの影響なんだろうか。

「ごめんなさい、明日は早いんで無理です」

「そうか、お互い忙しい身だな」

 そう言って、グラスのお酒を飲み干す。

「こうやって一緒に呑めるだけでも、良しとしなきゃだな」

 肩に手を回してくる史哉さんに、ぎこちない笑顔を返した。

 本当は明日早いのは嘘――敏い史哉さんなら私の変化に、少なからず気がついてたのかもしれない。だからお持ち帰りなんて言葉で誘って来たのかもしれないな。

 ずっと一緒にいたら何かマズイ事態になるかもしれないと、咄嗟に嘘をついてしまった。

 最初から嘘の関係の私たち。このままじゃいけないって、心のどこかでいつも思っている――
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

新しい派遣先の上司が私のことを好きすぎた件 他

rpmカンパニー
恋愛
新しい派遣先の上司が私のことを好きすぎた件 新しい派遣先の上司は、いつも私の面倒を見てくれる。でも他の人に言われて挙動の一つ一つを見てみると私のこと好きだよね。というか好きすぎるよね!?そんな状態でお別れになったらどうなるの?(食べられます)(ムーンライトノベルズに投稿したものから一部文言を修正しています) 人には人の考え方がある みんなに怒鳴られて上手くいかない。 仕事が嫌になり始めた時に助けてくれたのは彼だった。 彼と一緒に仕事をこなすうちに大事なことに気づいていく。 受け取り方の違い 奈美は部下に熱心に教育をしていたが、 当の部下から教育内容を全否定される。 ショックを受けてやけ酒を煽っていた時、 昔教えていた後輩がやってきた。 「先輩は愛が重すぎるんですよ」 「先輩の愛は僕一人が受け取ればいいんです」 そう言って唇を奪うと……。

粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる

春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。 幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……? 幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。 2024.03.06 イラスト:雪緒さま

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

デキナイ私たちの秘密な関係

美並ナナ
恋愛
可愛い容姿と大きな胸ゆえに 近寄ってくる男性は多いものの、 あるトラウマから恋愛をするのが億劫で 彼氏を作りたくない志穂。 一方で、恋愛への憧れはあり、 仲の良い同期カップルを見るたびに 「私もイチャイチャしたい……!」 という欲求を募らせる日々。 そんなある日、ひょんなことから 志穂はイケメン上司・速水課長の ヒミツを知ってしまう。 それをキッカケに2人は イチャイチャするだけの関係になってーー⁉︎ ※性描写がありますので苦手な方はご注意ください。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※この作品はエブリスタ様にも掲載しています。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

【完結】maybe 恋の予感~イジワル上司の甘いご褒美~

蓮美ちま
恋愛
会社のなんでも屋さん。それが私の仕事。 なのに突然、企画部エースの補佐につくことになって……?! アイドル顔負けのルックス 庶務課 蜂谷あすか(24) × 社内人気NO.1のイケメンエリート 企画部エース 天野翔(31) 「会社のなんでも屋さんから、天野さん専属のなんでも屋さんってこと…?」 女子社員から妬まれるのは面倒。 イケメンには関わりたくないのに。 「お前は俺専属のなんでも屋だろ?」 イジワルで横柄な天野さんだけど、仕事は抜群に出来て人望もあって 人を思いやれる優しい人。 そんな彼に認められたいと思う反面、なかなか素直になれなくて…。 「私、…役に立ちました?」 それなら…もっと……。 「褒めて下さい」 もっともっと、彼に認められたい。 「もっと、褒めて下さ…っん!」 首の後ろを掬いあげられるように掴まれて 重ねた唇は煙草の匂いがした。 「なぁ。褒めて欲しい?」 それは甘いキスの誘惑…。

恋とキスは背伸びして

葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員 成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長 年齢差 9歳 身長差 22㎝ 役職 雲泥の差 この違い、恋愛には大きな壁? そして同期の卓の存在 異性の親友は成立する? 数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの 二人の恋の物語

処理中です...