37 / 141
うまくいかない日々の果てに――
1
しおりを挟む
***
今日は心置きなく、佐々木先輩と一緒に帰れる。そのことを考えただけで、仕事がムダに捗ってしまった。
(夕飯、佐々木先輩とどこかに食べに行っちゃう? この間メモに書いて私から誘ったんだし、お店を急いで見繕わなきゃいけないな)
「松尾、ちょっといいか?」
ウキウキしているところに、応接室から顔を覗かせた千田課長に呼ばれたので、小走りで駆け寄り、中に入った。
「失礼します」
千田課長とふたりきりなことを不思議に思って、首を傾げると、扉を閉めた途端に大きなため息をつく。
「四菱商事は大口取引先だって、わかってるよな?」
「はい、知ってますが……」
千田課長から漂う不穏な空気に、トーンダウンしながら答えた。四菱財閥を資本にして作られた会社という基礎知識や、大きなプロジェクトがあると、必ず名前のあがる会社なので、知らないほうがおかしい。
「じゃあ、忖度っていう意味は?」
「忖度はえっと、相手のことに配慮する、みたいな感じでしょうか」
矢継ぎ早の質問に、たじろぎながら口を開いた。居心地の悪さを肌で感じてしまい、俯きながら体を自然と縮こませてしまう。
「佐々木と別れろなんて言わないが、息子さんのことについて、もう少しだけ忖度しろって話。松尾の態度ひとつで、仕事がやりにくくなることくらい、言わなくてもわかれよ」
「そんな……」
「佐々木と付き合うくらいだ、松尾ってメンクイなんだろ。しかもここで逢ったときに、息子さんのことに見惚れていたしな。あんなイケメンとは、滅多に付き合うことはもうないと思うけど」
「…………」
確かにまじまじとガン見してしまったゆえに、どうにも反論できなかった。
「少しだけでいい、相手をしてほしい。寝ろなんて言わないから」
「なっ!?」
千田課長の信じられないセリフに、俯かせていた顔をあげた。怒りで頭がプッツンして、言ってはいけないことを口にしそうになる。
(嫌ですって言いたいのに。こんなことを無理強いさせる会社なら、とっととおさらばしたいくらいなのに)
そう考える一方で、佐々木先輩の顔がまぶたの裏に浮かんできた。
「今日は定時で帰れ。外で息子さんが待ってることになってる」
「一緒に帰る……」
佐々木先輩と帰る約束したのに――。
「そうだ、待たせることが申し訳ないから、美味いものでも食べに行けばいいんじゃないか。きっと、なんでも奢って貰えるだろうさ」
「…………」
「松尾、嫌そうな顔して、息子さんに逢うなよ。いいな? 佐々木には俺から言っておく」
しつこいくらいに念押しするなり、千田課長は先に応接室から出て行った。
ここに来る前に考えていた、佐々木先輩と一緒に帰ることが楽しみすぎて、信じられないくらいに心が弾んでいたのに、今は真っ黒いペンキに塗られたみたいに暗くなっていた。
「せっかく、一緒に帰れると思ったのに……」
ポツリとこぼしたセリフが、静寂の中に溶け込み、弾んだ心と同じように、一瞬でなくなったのだった。
今日は心置きなく、佐々木先輩と一緒に帰れる。そのことを考えただけで、仕事がムダに捗ってしまった。
(夕飯、佐々木先輩とどこかに食べに行っちゃう? この間メモに書いて私から誘ったんだし、お店を急いで見繕わなきゃいけないな)
「松尾、ちょっといいか?」
ウキウキしているところに、応接室から顔を覗かせた千田課長に呼ばれたので、小走りで駆け寄り、中に入った。
「失礼します」
千田課長とふたりきりなことを不思議に思って、首を傾げると、扉を閉めた途端に大きなため息をつく。
「四菱商事は大口取引先だって、わかってるよな?」
「はい、知ってますが……」
千田課長から漂う不穏な空気に、トーンダウンしながら答えた。四菱財閥を資本にして作られた会社という基礎知識や、大きなプロジェクトがあると、必ず名前のあがる会社なので、知らないほうがおかしい。
「じゃあ、忖度っていう意味は?」
「忖度はえっと、相手のことに配慮する、みたいな感じでしょうか」
矢継ぎ早の質問に、たじろぎながら口を開いた。居心地の悪さを肌で感じてしまい、俯きながら体を自然と縮こませてしまう。
「佐々木と別れろなんて言わないが、息子さんのことについて、もう少しだけ忖度しろって話。松尾の態度ひとつで、仕事がやりにくくなることくらい、言わなくてもわかれよ」
「そんな……」
「佐々木と付き合うくらいだ、松尾ってメンクイなんだろ。しかもここで逢ったときに、息子さんのことに見惚れていたしな。あんなイケメンとは、滅多に付き合うことはもうないと思うけど」
「…………」
確かにまじまじとガン見してしまったゆえに、どうにも反論できなかった。
「少しだけでいい、相手をしてほしい。寝ろなんて言わないから」
「なっ!?」
千田課長の信じられないセリフに、俯かせていた顔をあげた。怒りで頭がプッツンして、言ってはいけないことを口にしそうになる。
(嫌ですって言いたいのに。こんなことを無理強いさせる会社なら、とっととおさらばしたいくらいなのに)
そう考える一方で、佐々木先輩の顔がまぶたの裏に浮かんできた。
「今日は定時で帰れ。外で息子さんが待ってることになってる」
「一緒に帰る……」
佐々木先輩と帰る約束したのに――。
「そうだ、待たせることが申し訳ないから、美味いものでも食べに行けばいいんじゃないか。きっと、なんでも奢って貰えるだろうさ」
「…………」
「松尾、嫌そうな顔して、息子さんに逢うなよ。いいな? 佐々木には俺から言っておく」
しつこいくらいに念押しするなり、千田課長は先に応接室から出て行った。
ここに来る前に考えていた、佐々木先輩と一緒に帰ることが楽しみすぎて、信じられないくらいに心が弾んでいたのに、今は真っ黒いペンキに塗られたみたいに暗くなっていた。
「せっかく、一緒に帰れると思ったのに……」
ポツリとこぼしたセリフが、静寂の中に溶け込み、弾んだ心と同じように、一瞬でなくなったのだった。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【R18】ドS上司とヤンデレイケメンに毎晩種付けされた結果、泥沼三角関係に堕ちました。
雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向けランキング31位、人気ランキング132位の記録達成※雪村里帆、性欲旺盛なアラサーOL。ブラック企業から転職した先の会社でドS歳下上司の宮野孝司と出会い、彼の事を考えながら毎晩自慰に耽る。ある日、中学時代に里帆に告白してきた同級生のイケメン・桜庭亮が里帆の部署に異動してきて…⁉︎ドキドキハラハラ淫猥不埒な雪村里帆のめまぐるしい二重恋愛生活が始まる…!優柔不断でドMな里帆は、ドS上司とヤンデレイケメンのどちらを選ぶのか…⁉︎
——もしも恋愛ドラマの濡れ場シーンがカット無しで放映されたら?という妄想も込めて執筆しました。長編です。
※連載当時のものです。
【R-18】私を乱す彼の指~お隣のイケメンマッサージ師くんに溺愛されています~【完結】
衣草 薫
恋愛
朋美が酔った勢いで注文した吸うタイプのアダルトグッズが、お隣の爽やかイケメン蓮の部屋に誤配されて大ピンチ。
でも蓮はそれを肩こり用のマッサージ器だと誤解して、マッサージ器を落として壊してしまったお詫びに朋美の肩をマッサージしたいと申し出る。
実は蓮は幼少期に朋美に恋して彼女を忘れられず、大人になって朋美を探し出してお隣に引っ越してきたのだった。
マッサージ師である蓮は大好きな朋美の体を施術と称して愛撫し、過去のトラウマから男性恐怖症であった朋美も蓮を相手に恐怖症を克服していくが……。
セックスシーンには※、
ハレンチなシーンには☆をつけています。
性欲の強すぎるヤクザに捕まった話
古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。
どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。
「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」
「たまには惣菜パンも悪くねぇ」
……嘘でしょ。
2019/11/4 33話+2話で本編完結
2021/1/15 書籍出版されました
2021/1/22 続き頑張ります
半分くらいR18な話なので予告はしません。
強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。
誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。
当然の事ながら、この話はフィクションです。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる