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夢のあとさき

ラストファイル:水野の変貌

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 深呼吸を2度3度して、目の前の扉を見つめた。
 
 関さんのことは苦手ではないけど、彼の放っている独特な雰囲気が、知らない内に自分を緊張させる。マサのヤツ……よく気さくに、話しかけられるよな。

 そんなことをぼんやり考えながら、やっと扉をノックした。
 
「……どうぞ」

 中からくぐもり声が聞こえたので、もう一度深呼吸してから、えいやっと中に入る。

「失礼します! 今日はお忙しい中、有り難うございます!」

 しっかりお辞儀をしながら言うと、クスッと笑う関さん。

 恐るおそる頭を上げ、前方を確認するとデスクに頬杖をつき、楽しそうにこっちを見ている。

「その礼儀正しさ、是非とも水野君にも見習ってほしいものだ。さぁ、どうぞ。そこに掛けてくれ」

 渋い苦笑いを浮かべてながら告げてきたので、指示されたソファに腰掛けると、デスクにあったパソコンを俺の目の前に置いて、画面を見せる。

「俺としては過去よりも、今の水野君をきちんと見た方がいいと思う」

「今の水野?」

「ああ、君は知らないだろう? 仕事をしているときの水野君」

「ちょっとだけなら、分かりますが――」

 出逢いが高校の爆破予告事件だったので、水野の仕事ぶりを垣間見ていた。ドジばかりやらかすアイツに、高校生だった俺は、心配で堪らなかったっけ。

 心配で堪らなかったからこそ警察官になり、そして将来刑事になって水野を守りたい。その想いを、ずっと胸に秘めている。

「年末の特番で、よくやっているだろう警察24時。それの警視庁版で今回、水野君の一日を特集して、放送してもらったんだ」

「は――?」

 あんなダメ刑事の見本みたいな水野を、テレビの特番で放送って、すっげぇ思い切ったことをしたんだな。

「水野君が伝説の刑事だってこと、君は知っているのか?」

「はぁ……。警察学校で教官がまるで自分のことの様に、熱心に話をしていましたから」

「派出所に勤務していた水野君を山上がスカウトして、捜一に引っ張り込もうとしたのを拒否し、自力で刑事採用試験にトップ合格。その後山上に鍛えられ、刑事としての基礎を叩き込まれた後、所轄の汚職事件を俺と一緒に解決。山上亡き後も数々の事件を捜査しまくって、ほとんど解決に導いているんだ」

「はぁ……」

 散々教官に聞かされていた話なので、イマイチ説得力に欠ける。正直、すごさが分からない。

「そうそう、昨年の花火大会の日、済まなかった。デートの約束していただろ? あれ潰したの俺だから。直接君に会って、謝りたかったんだ」

「いえ、大丈夫です。逢うのが潰れるのなんて、日常茶飯事なので」

「所轄にいる知り合いに、強引に頼まれてしまって、断れなかったんだ。現場に疎いキャリアと叩き上げの刑事が揉めて、仕事が捗らないからと泣きつかれて。その衝撃吸収剤に、水野君を抜擢したんだ。どこにでも溶け込めるのが、彼の技だから」

 メガネを上げながら饒舌に語る関さんに、俺は首を傾げながら苦笑いをした。

「どこにでも溶け込めるのは分かります。刑事らしくないっていうか」

「まぁな。それを計算した上で、水野君は刑事を演じていると思う」

「刑事を、演じる?」

「水野君の知能指数は、実はかなり高い。俺や山上よりも上レベル」

「関さんよりも上って、一体……」

「とりあえず、普段の仕事ぶりを見るといい。特番のはモザイクがかかって、誰か分からない仕様になっていたが、これは撮影したままのものが、キレイに見られるから」

 俺を宥めるように肩を叩いて、再生ボタンを押してくれた。時間にしたら、15分くらいだったろうか。
 
 そこには俺の知ってる、普段のドジってるところがまったくなく、むしろきびきびと仕事を格好良く捌きまくる姿が映っていた。

 カメラマンが追いつけないスピードで疾走する水野とか、デカ長さんに的確な意見をしている顔。事件の中で目まぐるしく行動している、水野の姿がそこにあった。

「誰ですか、これ――」

 ぽつりと呟いてしまった言葉に、目の前に腰掛けていた関さんが立ち上がり、ゆっくりとした足取りで窓辺に向かうと、外の景色を眺める。

「面白い質問をするな、君は。それは普段の、マトモな水野君の姿だが」

「こんな風に、真面目に仕事をしているなんて、全然知らなかったです……」

「君が絡むと、途端にオカシクなるから。どっちが、彼の本来の姿なのやら」

 呆れ返った関さんの声にかぶさるように、パソコンからリポーターの声がした。

『今日は一日密着取材させて頂き、有り難うございます。最後に少しだけ、質問してもよろしいですか?』
 
『はい、どうぞ』

『水野警部補のオフは、何をして過ごしているのでしょう?』

『日頃の疲れを取るべく、自宅でしっかり休養してます』

 パソコンの中で、ふわりと笑う水野の顔を、白い目で見つめた。

 オフの日は決まって、公園前派出所の傍にある電信柱に隠れて、張り込みしてるだろう、お前はっ! 矢野巡査の一日をウオッチングとか言って、某アニメの主人公を見守るお姉さんみたいに、電信柱に張り付いて、逐一俺の行動を見張ってるクセに。

『それでは最後の質問。水野警部補のその仕事に対する情熱は、どこから沸いてくるんですか?』

 マイクを向けられた水野は緊張した面持ちになり、ちょっとだけ考え込んだ。

『そうですね……。亡くなった先輩から刑事として、仕事に向き合う姿勢を学びました。自分はそれを託されたので、初心を忘れず事件に向き合っています。その先輩が教えてくれたように、後輩にも伝えていけたらなぁと思いますね』

「まったく、マトモすぎる模範解答だな。型破りな捜査をする山上から、何を学んだんだか」

 ため息をつき、呆れ返った関さんがこっちを見る。

「山上先輩はすごかった――としか俺は聞いていないので、さっぱり分からないんですが」

「そうだな……色で例えるなら山上が黒で、水野君が白。最短距離で被疑者を追い詰める山上に対して、理詰めで被疑者の心理を読み、裏をかく捜査をする水野君。いいコンビだったよ、実際に。器物破損やその他の迷惑行為で、始末書量産だった山上が水野君と組んでから、行動に無駄がなくなり、事件を早期解決していたからな。勿論、始末書の枚数も激減。3係の雰囲気も良くなっていった」

 メガネの奥の瞳を細め、懐かしそうに語る。それに対し、俺はどんな顔をしていいか分からなかった。

「あの山上を懐柔し、伝説の刑事として名を馳せた水野君を、周りは期待している。だから薦めてみたんだ、警部昇任試験――」
 
「何か……すごい話ですね」

「試験を受ける基準も満たしているし、頭もいいんだ。受ければ合格間違いなしなのにな。かなりの実力があるクセに、そこまで階級にこだわらず、あえて積極的に昇任試験を受けない、水野君の気持ちが俺は分からない」

 突き刺すような視線に、思わず顔を伏せてしまった。

「現場に噛り付く理由は、誰かを待っているから……なんだろうか」

「さぁ、分かりません」

 水野は俺が来るのを、待っているというのだろうか? すっげぇ先の話すぎて、気が遠くなる未来なのに――

「今回の撮影も、内輪で勝手に決めた昇任の布石だ。水野君はまったく知らない。そこで君から、頼んでみてほしいんだが。自分を足枷にする必要はない、水野の背中を追いかけて、絶対について行くから――とか何とか上手いこと言って、説得してみてくれ」

 俺が水野を説得……足枷の俺が説得したら、水野は――マサは言うことを聞くというのだろうか?

 膝に置いてる両手を、ぎゅっと握り締めた。

 普段の仕事ぶりを見て、その違いにショックを受けてるところに、昇任試験なんかの話をされたら、ますます……

「今日はこの後、水野君に逢うんだろう? 山上の月命日だもんな。俺の分まで、墓参り頼むよ」

 言いながら、俺の肩を二度叩いた関さん。その手がやけに重く感じたのは、気のせいなんかじゃない――
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