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しあわせのかたちを手に入れるまで
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「竜馬、ここは手を繋ぐよりも、腕を組んだほうが、それなりに見えるかもしれないぞ」
ちょっとだけ得意げな顔した小林が、掴めと言わんばかりに竜馬の左腕を、体に当ててきたので、言うとおりに腕を通した。そのとき背後から『ぷっ!』という、吹き出す声がチャペルの中に響く。
ふたり揃って声がしたほうを向くと、口元を押さえた安藤と目が合う。
「小林ってば、随分と偉そうな態度をしてるけど、駄々っ子みたいに見えるわよ」
「うっせぇな。黙って見てろよ」
意気込んでいる小林を横目に、竜馬はこっそりとため息をついた。
高級ホテルの中にある、立派なチャペルとは相反する、自分たちの姿――小林はヨレヨレのスーツ姿で、竜馬は会社で支給されている仕事着に、片手には帽子を握りしめている状態。
こんなふたりのために、使用後ではあるものの、チャペルを貸し与えてくださった古くからの友人に、悪態をつくことができるなんて。不器用な人だから、ひとつのことにしか集中できないのが、一緒にいてわかっているけれど、もう少しだけ配慮を覚えてほしいと、竜馬はこっそり思ってしまった。
じとーっとした視線を、竜馬が小林に送り続けると、やっとそれに気づいて、ハッとした表情になる。
「……小林さん」
いつもより低い声色に、なにかを悟ったのか、片側の頬をピクッと引きつらせた小林が、慌てて前を向いた。
「そ、そろそろ行くぞ」
「はい」
耳に聞こえてくる、パイプオルガンの音色に合わせるように、ふたり揃って一歩一歩祭壇に向かって、進んで行く。バージンロードを踏みしめるたびに、感極まって、竜馬は涙腺が緩みそうになった。
その理由のひとつは、流れてくる曲に合わせて、頭の中に歌詞が流れるせいだった。互いに傷ついた過去があるからこそ、やけにそれが胸に染み入る。
祭壇前に辿り着いたら、小林が組んでいた腕を解いたので、竜馬もそれに倣って直立した。
牧師さんがいないこの状況下で、小林はこれからどんなことを行うつもりだろうかと、竜馬は心配していたら、ポケットに忍ばせていた、えんじ色の指輪が入ったケースを取り出して、祭壇の上に静かに置く。
その行動で、指輪の交換をするんだと判断し、竜馬は手に持っていた帽子を、祭壇の隅っこに置かせてもらった。
「竜馬、俺を愛してくれてありがとう」
背筋をぴんと伸ばした小林が、自分に向かい合う形で、いきなり語り出した。竜馬は制服の裾を引っ張ったり、スボンを意味なく叩いてから、慌てて脇正面を向く。
目の前にいる小林は、正直格好いいとは言えなかったが、天井からのスポットライトが顔に陰影を与えているお蔭で、二割増しにイケメンに見えた。
「おまえが傍にいるだけで、強くなれることを、何度も実感させられた。ここぞというときに、手助けされるせいなのかもしれないが、それでも俺は前よりも、強くなれたと信じているんだ」
「小林さん……」
「これからも変わらず竜馬、おまえを愛していく。永遠に誓うから、ずっと傍にいてくれ」
『はい』と一言、すぐに返事をしたいのに、うまく言葉にならない。嬉しい気持ちが、胸の中からこみ上げてくる。それが、涙になって表れてしまった。
「竜馬、傷ついた俺の前に現れたのが、おまえで良かったと思う。傷ついた過去があるから、おまえの包み込むような優しさに、何度も救われた。出逢ってくれてありがとう」
海辺で指輪を渡されたときは、自分からプロボーズしてしまったというのに、それを帳消しにするような言葉を告げる小林に、ずっと頭が上がらない。
「心一郎さん、俺は……ぉ、俺もずっと愛していきます。貴方の傍に、いさせてくださぃ……」
涙を拭いながら、やっと口にしたセリフを、小林はきちんと聞くことができただろうか――心根の優しい、大好きな小林の名前を呼ぶことができただけで、竜馬は嬉しくて堪らなかった。
「ふふっ、誓いの愛の言葉を、しっかりとこの耳に頂戴いたしました。私が、ふたりの証人になってあげる。お幸せに!」
安藤の声に顔を上げて、横を向いたときには、扉の向こう側に消えていた。
「さて、ウルサイのが消えたことだし、指輪の交換するか」
祭壇に置いてある、指輪のケースから中身を取り出し、小林は竜馬に手を差し伸べる。目の前にある大きな手に、そっと左手を差し出した。
「おっ、今度はサイズがぴったりだな」
スムーズにはめられる指輪を見て、子どものようにはしゃぐ、小林を窘めたかったけど、竜馬はそれをせずにじっと薬指を眺める。緩すぎずキツすぎることのない、光り輝くプラチナの指輪は、まるでふたりの関係を表わしているみたいだった。
「心一郎さんにも、はめてあげる」
「ぉ、おう。頼む」
竜馬の問いかけに、小林はひどく照れながら、無造作に左手を差し出した。竜馬はその手にやんわりと触れて、右手に持った指輪を薬指に押し込む。
お揃いの指輪が、それぞれの薬指で煌めく様子を見てほほ笑んだら、小林の左手が竜馬の左手を掴み、体を引き寄せられる。頼もしくて大きな腕の中に、閉じ込められるだけで安心感に満たされ、竜馬のすべてが包まれた。
顔を上げると、引き寄せられるように、愛しい人の顔が近づく。竜馬は捕まれている左手を、ぎゅっと握りしめながら、そっと瞼を閉じた。
数秒後に重ねられた唇。海辺でしたとき同様に、小林の唇はカサついていたけれど、自分とキスしていることをが実感できるそれに、竜馬の胸が無性に疼く。
誓いのキスのはずが、互いに感極まって、離れられなくなっていた。
「んっ……」
鼻にかかった竜馬の甘い声が、教会内に響き渡って、ハッとする。誰もいないとはいえ、公の場での行為に、小林と目を合わせながら赤面しつつ、掴んでいた手を放して、距離をとった。
妙な沈黙が、余計に羞恥心を煽っていく――。
「竜馬、永遠の愛を誓うのと同じくらいに、誓ってほしいことがあるんだけど」
ボソッという感じで告げられた、小林の言葉で、竜馬は渋々顔を上げた。
「おまえの悪い癖が、自分の中にすべてを、抱え込んじまうことなんだ」
「そうですね……」
「これからは嬉しいことや悲しいこと、つらいことも全部、俺に打ち明けてほしい。一緒に分かち合いたい。どんな小さいことでも」
「一緒に分かち合う。これから……」
自分の持つ強い気持ちは、人を傷つけてしまうものだという刷り込みが、竜馬の中にあるからこそ、誓ってほしいと、小林に強請られた瞬間は、躊躇してしまった。
でもそれを分かち合いたいと、心に響くように告げられた途端に、その考えは一瞬で消え去った。大きな体同様に、広い心を持つ小林なら、自分の気持ちを易々と受け止めてくれると、わかったから。
「承知しました。心一郎さんに俺の全部を預けますので、よろしくお願いします」
竜馬の答えに、小林は満足げに頷き、右手を差し出してきたので、竜馬は迷うことなくその手を繋ぐ。
「あっ、小林さんっ、忘れ物!」
歩き出した足を引き留めるべく、竜馬は繋いだ手を引っ張り、祭壇の上に置きっぱなしにしていた指輪のケースと、仕事用の帽子を手にした。指輪のケースはポケットにしまい込み、帽子を格好よく被ってみせる。
「行くか!」
「はいっ」
息を合わせたかのように、同じタイミングで足を踏み出したふたり。
付き合いはじめたときは、ギクシャクしたからこそ、相手を思いやり慈しむことができた。これから先もずっと、それが続いてくだろう。
心を通い合わせながら、笑顔があふれるふたりに幸あれ!
ちょっとだけ得意げな顔した小林が、掴めと言わんばかりに竜馬の左腕を、体に当ててきたので、言うとおりに腕を通した。そのとき背後から『ぷっ!』という、吹き出す声がチャペルの中に響く。
ふたり揃って声がしたほうを向くと、口元を押さえた安藤と目が合う。
「小林ってば、随分と偉そうな態度をしてるけど、駄々っ子みたいに見えるわよ」
「うっせぇな。黙って見てろよ」
意気込んでいる小林を横目に、竜馬はこっそりとため息をついた。
高級ホテルの中にある、立派なチャペルとは相反する、自分たちの姿――小林はヨレヨレのスーツ姿で、竜馬は会社で支給されている仕事着に、片手には帽子を握りしめている状態。
こんなふたりのために、使用後ではあるものの、チャペルを貸し与えてくださった古くからの友人に、悪態をつくことができるなんて。不器用な人だから、ひとつのことにしか集中できないのが、一緒にいてわかっているけれど、もう少しだけ配慮を覚えてほしいと、竜馬はこっそり思ってしまった。
じとーっとした視線を、竜馬が小林に送り続けると、やっとそれに気づいて、ハッとした表情になる。
「……小林さん」
いつもより低い声色に、なにかを悟ったのか、片側の頬をピクッと引きつらせた小林が、慌てて前を向いた。
「そ、そろそろ行くぞ」
「はい」
耳に聞こえてくる、パイプオルガンの音色に合わせるように、ふたり揃って一歩一歩祭壇に向かって、進んで行く。バージンロードを踏みしめるたびに、感極まって、竜馬は涙腺が緩みそうになった。
その理由のひとつは、流れてくる曲に合わせて、頭の中に歌詞が流れるせいだった。互いに傷ついた過去があるからこそ、やけにそれが胸に染み入る。
祭壇前に辿り着いたら、小林が組んでいた腕を解いたので、竜馬もそれに倣って直立した。
牧師さんがいないこの状況下で、小林はこれからどんなことを行うつもりだろうかと、竜馬は心配していたら、ポケットに忍ばせていた、えんじ色の指輪が入ったケースを取り出して、祭壇の上に静かに置く。
その行動で、指輪の交換をするんだと判断し、竜馬は手に持っていた帽子を、祭壇の隅っこに置かせてもらった。
「竜馬、俺を愛してくれてありがとう」
背筋をぴんと伸ばした小林が、自分に向かい合う形で、いきなり語り出した。竜馬は制服の裾を引っ張ったり、スボンを意味なく叩いてから、慌てて脇正面を向く。
目の前にいる小林は、正直格好いいとは言えなかったが、天井からのスポットライトが顔に陰影を与えているお蔭で、二割増しにイケメンに見えた。
「おまえが傍にいるだけで、強くなれることを、何度も実感させられた。ここぞというときに、手助けされるせいなのかもしれないが、それでも俺は前よりも、強くなれたと信じているんだ」
「小林さん……」
「これからも変わらず竜馬、おまえを愛していく。永遠に誓うから、ずっと傍にいてくれ」
『はい』と一言、すぐに返事をしたいのに、うまく言葉にならない。嬉しい気持ちが、胸の中からこみ上げてくる。それが、涙になって表れてしまった。
「竜馬、傷ついた俺の前に現れたのが、おまえで良かったと思う。傷ついた過去があるから、おまえの包み込むような優しさに、何度も救われた。出逢ってくれてありがとう」
海辺で指輪を渡されたときは、自分からプロボーズしてしまったというのに、それを帳消しにするような言葉を告げる小林に、ずっと頭が上がらない。
「心一郎さん、俺は……ぉ、俺もずっと愛していきます。貴方の傍に、いさせてくださぃ……」
涙を拭いながら、やっと口にしたセリフを、小林はきちんと聞くことができただろうか――心根の優しい、大好きな小林の名前を呼ぶことができただけで、竜馬は嬉しくて堪らなかった。
「ふふっ、誓いの愛の言葉を、しっかりとこの耳に頂戴いたしました。私が、ふたりの証人になってあげる。お幸せに!」
安藤の声に顔を上げて、横を向いたときには、扉の向こう側に消えていた。
「さて、ウルサイのが消えたことだし、指輪の交換するか」
祭壇に置いてある、指輪のケースから中身を取り出し、小林は竜馬に手を差し伸べる。目の前にある大きな手に、そっと左手を差し出した。
「おっ、今度はサイズがぴったりだな」
スムーズにはめられる指輪を見て、子どものようにはしゃぐ、小林を窘めたかったけど、竜馬はそれをせずにじっと薬指を眺める。緩すぎずキツすぎることのない、光り輝くプラチナの指輪は、まるでふたりの関係を表わしているみたいだった。
「心一郎さんにも、はめてあげる」
「ぉ、おう。頼む」
竜馬の問いかけに、小林はひどく照れながら、無造作に左手を差し出した。竜馬はその手にやんわりと触れて、右手に持った指輪を薬指に押し込む。
お揃いの指輪が、それぞれの薬指で煌めく様子を見てほほ笑んだら、小林の左手が竜馬の左手を掴み、体を引き寄せられる。頼もしくて大きな腕の中に、閉じ込められるだけで安心感に満たされ、竜馬のすべてが包まれた。
顔を上げると、引き寄せられるように、愛しい人の顔が近づく。竜馬は捕まれている左手を、ぎゅっと握りしめながら、そっと瞼を閉じた。
数秒後に重ねられた唇。海辺でしたとき同様に、小林の唇はカサついていたけれど、自分とキスしていることをが実感できるそれに、竜馬の胸が無性に疼く。
誓いのキスのはずが、互いに感極まって、離れられなくなっていた。
「んっ……」
鼻にかかった竜馬の甘い声が、教会内に響き渡って、ハッとする。誰もいないとはいえ、公の場での行為に、小林と目を合わせながら赤面しつつ、掴んでいた手を放して、距離をとった。
妙な沈黙が、余計に羞恥心を煽っていく――。
「竜馬、永遠の愛を誓うのと同じくらいに、誓ってほしいことがあるんだけど」
ボソッという感じで告げられた、小林の言葉で、竜馬は渋々顔を上げた。
「おまえの悪い癖が、自分の中にすべてを、抱え込んじまうことなんだ」
「そうですね……」
「これからは嬉しいことや悲しいこと、つらいことも全部、俺に打ち明けてほしい。一緒に分かち合いたい。どんな小さいことでも」
「一緒に分かち合う。これから……」
自分の持つ強い気持ちは、人を傷つけてしまうものだという刷り込みが、竜馬の中にあるからこそ、誓ってほしいと、小林に強請られた瞬間は、躊躇してしまった。
でもそれを分かち合いたいと、心に響くように告げられた途端に、その考えは一瞬で消え去った。大きな体同様に、広い心を持つ小林なら、自分の気持ちを易々と受け止めてくれると、わかったから。
「承知しました。心一郎さんに俺の全部を預けますので、よろしくお願いします」
竜馬の答えに、小林は満足げに頷き、右手を差し出してきたので、竜馬は迷うことなくその手を繋ぐ。
「あっ、小林さんっ、忘れ物!」
歩き出した足を引き留めるべく、竜馬は繋いだ手を引っ張り、祭壇の上に置きっぱなしにしていた指輪のケースと、仕事用の帽子を手にした。指輪のケースはポケットにしまい込み、帽子を格好よく被ってみせる。
「行くか!」
「はいっ」
息を合わせたかのように、同じタイミングで足を踏み出したふたり。
付き合いはじめたときは、ギクシャクしたからこそ、相手を思いやり慈しむことができた。これから先もずっと、それが続いてくだろう。
心を通い合わせながら、笑顔があふれるふたりに幸あれ!
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