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しあわせのかたちを手に入れるまで

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 竜馬がお昼ご飯を食べに、事務所に戻ると、すでに小林の姿はなかった。

(――くそっ、やっぱり逃げられた!)

 被っていた帽子を脱いで、小林の傍で仕事をしていたおばさんに、ほほ笑みながら話しかけてみる。

「お疲れ様です。今日は朝から、なんだか忙しなかったですね」

「竜馬くんもお疲れ様! 小林さんの知り合いから、大口の仕事が入った関係で、ちょっとね。だけど、店舗の売り上げに繋がることだから、忙しくてもへっちゃらよ」

「そうだったんですか。それで、小林さんはどこへ?」

 小林を事務所からわざわざ外に促し、トラックの荷台の傍で訊ねたときは「ちょっと、な……」のひとことのみで、詳しく説明してくれなかった。なぜ、大口の仕事を隠したんだろうかと、竜馬が顎に手を当てて考えると、おばさんが朗らかに口を開いた。

「その大口の仕事をくれた知人と、一緒にランチしてくるって言ってたわ。仕事の打ち合わせも兼ねているから、2時間ほど戻らないそうよ。小林さん、今まで仕事でランチなんてしたことがないから、ちょっとだけ不思議に思ったの」

「そうですね。珍しいというか……」

「もしかして、婚活かもよ?」

 告げられた言葉に、竜馬の笑顔が引きつるのが、頬の緊張具合でわかった。

「えっと、そう思うのは、どうしてでしょうか?」

 恋人に黙って婚活するなんて、絶対にありえないことなのに、そう考える根拠が知りたかった。

 するとおばさんは席を立って、小林のデスクに移動し、デスクマットに挟まれていた名刺を取り出して、竜馬の前に差し出す。引き寄せられるように、名刺の表面に印刷されている文字を読んだ。

「BTBグランドホテル支配人の安藤薫さん? 確か、外資系の有名なホテルだったはず。小林さん、随分とすごい方とお知り合いなんですね」

「うふふ。わたしたち同僚と顔を突き合わせて、一緒にお昼を食べるより、綺麗な女性とのほうが、美味しくお昼を食べられるんじゃないかしら」

 おばさんは、竜馬に見せた名刺を素早く元に戻すと、自分の使っているパソコンになにかを打ち込み、その画面を竜馬に見えるように、向きを変えてくれた。表示された画面は、BTBグランドホテルのホームページで、そこに映っていたのは、支配人として顔写真が出ている、柔らかくほほ笑んだ安藤薫さんの姿だった。

(小林さんと、同じくらいの年齢に見えなくもない。女性で支配人って、仕事のできるすごい人なんじゃないのか!?)

 問い詰めようとした恋人が、目の前にいないだけでも、心が沈んでいるのに、竜馬の知らない事実を突きつけられたせいで、気持ちが暗いところに、どんどん沈み込んでいく。

 竜馬は片手に持っていた帽子を、意味なくぎゅっと握りしめた。

「とにかく、小林さんが会社に戻ってきたら、根掘り葉掘り話を聞き出すわ。おめでたい話だといいわよね」

「そう、ですね。小林さん自身、もういい年なんだから、再婚しても、全然おかしくないですし」

「でもね、良い人すぎても女としては、物足りなさを感じるものよ。それはそうと、竜馬くんの彼女って、本当に年上なの? 意外なんだけど」

 竜馬に手出しをさせないように、小林が変な噂を周りに吹聴したせいで、突然弊害が生まれた。気落ちしている状態の竜馬にとっては、まさにバッドタイミングの質問になる。

「あー……確かに年上なんですけど、年上らしからぬくらいに、かなりおっちょこちょいなので、実際は年下みたいに思うことが、しばしばありまして」

「ふふっ、しっかり者の竜馬くんがいれば、彼女は大丈夫なのね。どんなコなのか写真見せて?」

「すみません。彼女、写真嫌いなもので。持ってないんです」

「そう。今どきのコにしては珍しいわね。いくつ離れてるの?」

 矢継ぎ早にくり出される質問に、困り果てるしかない。

「……ナイショです。プライベートな質問は、ここまで。すみません」

 おばさんから逃げるように身を翻し、自分の席に辿り着いた。そっと振り返ったら、残念そうな顔した視線と目が合う。

 苦笑いを浮かべて小さく会釈し、素早く顔を元に戻した。

 小林との恋愛を隠していかなければならないことに、多少なりとも胸が痛んだ竜馬のテンションは、おもしろいくらいに急降下した。

(俺が必死に隠しても、小林さんがデレて、どこかでポカしないといいけどな――)

 そんな心配が頭の中に過ったので、いろんなことを含めて、話し合いをしなければならないと考えたのだった。
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