上 下
2 / 28
導かれて

しおりを挟む
「君、名前は?」

「ひっ人に名前を訊ねる前に、自分から名乗ったらどうですか?」

 漂う怒気に思いっきり気圧され、上擦った声で口を開くと、見知らぬ男は眉間に刻んだシワをなくし、仕方なさそうな口調で語る。

「俺は山田太郎、31歳の独身で職業は会社員。さて君の名前を聞こうか?」

「待ってください。山田太郎だっていう証拠を見せてください!」

「チッ、騙されなかったか」

 顔を横に背け、ボソリと呟くふてぶてしさに、大きな声で指摘してやる。

「そんな偽名、誰も信じませんよ。吸血鬼なのを隠すために、わざわざ使ったんでしょうけど、捻りがなさすぎます」

「俺のことを知って、どうするつもりなのだろうか?」

「それはこっちのセリフです。俺の名前を知って、なにかしようとしてます?」

 逸らしていた顔を戻した見知らぬ男にやり返すべく、質問を質問で返した。するとゲンナリした面持ちでスーツの胸ポケットに手を差し込み、小さなパスケースを取り出して、俺に見えるように目の前に掲げる。

「俺は桜小路雅光、31歳の独身。職業は会社員。本人確認してくれ」

 まるで、芸能人の名前みたいなそれを確かめるべく、掲げられたパスケースの中身の免許証と、本人の顔をしげしげと眺めた。

「桜小路雅光さんで、お間違いないようですね」

「わかってくれて、なにより。さて君の名は?」

 訊ねながらパスケースをもとに戻す桜小路さんに、渋々自分の名を告げる。

「片桐瑞稀22歳、大学生です」

 身分証を出せと言われる前に、肩掛けのバッグからそれを取り出そうと手をかけたら、手首を掴まれて動きを止められた。

「君は嘘をつかない、信じるよ」

「なん、で?」

「俺の勘。それなりに、いろんな人を見ているからね。嘘をつく人間はそういう雰囲気を醸しているから、すぐにわかる」

 桜小路さんは掴んだ俺の手首をまじまじと見つめ、気難しい顔をする。

「なんですか?」

「痩せてるなと思ってね、ちゃんと食べてるのか?」

「桜小路さんには関係ないでしょ、放してください」

「すごくマズかったんだよ、君の血」

 なぜか桜小路さんは、俺の手の甲に唇を押しつけた。また吸血されると咄嗟に思い、体がぎゅっと強ばる。

「安心してくれ。この姿のときは血を吸えない。それに――」

「それに?」

「マズい血だってわかってるのに、わざわざ吸わないさ」

 カラカラ大笑いして、掴んだ手首を放してくれた。コッソリそれを背中に隠し、着ているTシャツの裾で拭う。なんとなく桜小路さんの唇の感触が、皮膚に残っている気がした。

「もうなにもしない。表に出ようか」

 本物の吸血鬼を前にして、怯える心情を知っているのか、桜小路さんは俺の肩に腕を回して狭い隙間から、もと来た道に導く。仄暗い場所から脱出できたことにより、安堵のため息を吐いた。

「瑞稀、もう一度聞く。ちゃんと食べてるのか?」

「へっ?」

 友達のような感じで自然に名前で呼ばれたせいで、目を瞬かせて桜小路さんを見上げた。さっきまで笑っていたのに、真顔を決め込まれてしまい、返事がしにくくて、口を引き結ぶ。

「抱きしめたときも思ったんだ。随分痩せてるなと。血のマズさを考えたら、栄養が偏っている可能性がある。それと物事に対する反応速度も、あまり良くないしね」

「えっと、三食きちんと食べてないです。バイト先の賄いで、なんとか飢えをしのいでる状態で」

「なるほど。大学に通いながら、バイトに精を出しているわけか。この時間帯まで働いているのも、バイトの帰りだったんだな」

「まさか吸血鬼に出逢うなんて、思いもしませんでした。そんなに俺の血は、マズかったんですか?」

 顎に手を当てて考え込む桜小路さんに、思わず訊ねてしまった。

「今まで吸血した人間の中で、一番マズかった。それに君が催眠にかからなかったことが、未だに謎だったりする」

「そうですか」

「大学とバイト、どちらか楽しいことはないのかい?」

「えっ?」

 意外な問いかけに、頭の中が混乱した。楽しいことを思い出したいのに、時間に追われる忙しい生活ばかりが、脳裏に流れていく。

「血のマズさは栄養の偏りと共に、健康的なメンタルにも影響を受けているんじゃないかと思ってね。疲れきった君の表情が、それを如実に表してる」

 そう言って、ふたたび俺の腕を掴んだ桜小路さんは、どこかに向かって歩き出した。

「ちょっ、俺もう家に帰るところなんですけど!」

「俺が大学生のときは、オールで夜遊びしていた。それくらいの体力、まだ残っているだろう?」

「体力はありますけど、夜遊びできるような財力が俺にはありませんし、桜小路さんとは違うんです」

 ほかにもぎゃんぎゃん喚きたてたのに、桜小路さんはそれすらもおかしいと言わんばかりに口角をあげて笑いかけ、強引にどこかに向かう。

 引きずられるように20分ほど歩いた先は、真っ暗な会員制のテーマパークだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

鬼ごっこ

ハタセ
BL
年下からのイジメにより精神が摩耗していく年上平凡受けと そんな平凡を歪んだ愛情で追いかける年下攻めのお話です。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

高嶺の花宮君

しづ未
BL
幼馴染のイケメンが昔から自分に構ってくる話。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

坊ちゃんは執事兼教育係の私が責任を持って育てます。

幕間ささめ
BL
一目惚れして爵位を捨てた執事兼教育係(攻め)×執事大好き純粋ぽわぽわ坊ちゃん(受け)

【完結・短編】game

七瀬おむ
BL
仕事に忙殺される社会人がゲーム実況で救われる話。 美形×平凡/ヤンデレ感あり/社会人 <あらすじ> 社会人の高井 直樹(たかい なおき)は、仕事に忙殺され、疲れ切った日々を過ごしていた。そんなとき、ハイスペックイケメンの友人である篠原 大和(しのはら やまと)に2人組のゲーム実況者として一緒にやらないかと誘われる。直樹は仕事のかたわら、ゲーム実況を大和と共にやっていくことに楽しさを見出していくが……。

処理中です...