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白熱する選挙戦に、この想いを込めて――
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繋いでいる冷たい稜の手が少しずつ温かくなっていくのを感じながら、反対の手で頭を撫でてやった。
「克巳さん……ゴメン、俺」
「分かってる、全部分かってるから。今は余計なことを考えずに、自分がやらなきゃならないことをひたすら考えてみろ。稜、君なら成し遂げることができる。必ずだ」
暗示をかけるように稜の耳元に囁いてみる。俺がわざわざこんなセリフを言わなくても、彼はやってのけてしまうことは分かっていた。
芸能界での足の引っ張り合いが日常茶飯事だったからこそ、自分に対する影口や妨害行為があっても、いつだって稜は毅然としていた。そんなものには屈しないという、堂々とした態度を表わしていたというのに――
今回は生まれて初めての選挙戦。有権者から感じとる稜へのイメージがダイレクトに伝わってくるせいで、尚更傷ついてしまったのかもしれない。
(――変われるものなら、痛みを抱えている心を交換してやるのに)
「稜、こんなことしかできなくて済まない……」
温かくなった手の甲を、反対の手で撫で擦ってみた。
「候補失格だね、俺ってば」
「うん?」
「昨日、はじめとふたりきりで話し合いをしたときに言われたんだ。どんなことがあっても動揺するなって。君が揺らぐとスタッフだけじゃなく、それを見ている有権者も不安になるんだぞって、釘を刺されていたのにさ」
選挙プランナーとしては当然のことを言ったまでだろうが、芸能人だから甘やかされていると睨んで、キツい言葉を伝えたのかもしれない。
「誰だって間違いはある。それをこれから気をつければいいだけの話だ。大丈夫、みんなも分かっている」
言いながら擦っていた手で稜の手を包み込んだ。俺の手を握りしめている手に少しだけ力が入り、熱が一層こもった。
「ねぇ、あとどれくらいで現場に到着するかな?」
声を張り上げ、運転手に訊ねた稜の横顔はいつもの様子に戻っていた。
「あ、えっと多分5分もかからないかと……」
「ありがと! みんなもゴメンね、もう大丈夫だから。一緒に頑張っていこう」
稜の元気な声に振り返れるスタッフは顔を見合わせ、笑顔を浮かべた。暗かった車内があたたかい雰囲気に変わり、ほっとした矢先――
「ねぇ克巳さん、ちょっと」
顔の前に書類を掲げられたのでそれを覗き込んだら、いきなり顎を掴まれ顔の方向を変えられた途端に、強く唇が押しつけられる。してやったりな顔した稜が、小さく笑った。
「相田さん、ご馳走様でした」
慌てて前を見渡すと、さっきまで振り返っていたスタッフみんなが前を向いていたけど、肩を震わせていたり首を動かしていたりと、そろって落ち着きない様子が展開されていて、気を遣っているのが分かってしまった。
(これじゃあ今後、一緒に仕事がしにくいじゃないか……)
目線で稜にそれを訴えてみたが何のその。ケロッとした顔で難なく仕事をこなしたのだった。
「克巳さん……ゴメン、俺」
「分かってる、全部分かってるから。今は余計なことを考えずに、自分がやらなきゃならないことをひたすら考えてみろ。稜、君なら成し遂げることができる。必ずだ」
暗示をかけるように稜の耳元に囁いてみる。俺がわざわざこんなセリフを言わなくても、彼はやってのけてしまうことは分かっていた。
芸能界での足の引っ張り合いが日常茶飯事だったからこそ、自分に対する影口や妨害行為があっても、いつだって稜は毅然としていた。そんなものには屈しないという、堂々とした態度を表わしていたというのに――
今回は生まれて初めての選挙戦。有権者から感じとる稜へのイメージがダイレクトに伝わってくるせいで、尚更傷ついてしまったのかもしれない。
(――変われるものなら、痛みを抱えている心を交換してやるのに)
「稜、こんなことしかできなくて済まない……」
温かくなった手の甲を、反対の手で撫で擦ってみた。
「候補失格だね、俺ってば」
「うん?」
「昨日、はじめとふたりきりで話し合いをしたときに言われたんだ。どんなことがあっても動揺するなって。君が揺らぐとスタッフだけじゃなく、それを見ている有権者も不安になるんだぞって、釘を刺されていたのにさ」
選挙プランナーとしては当然のことを言ったまでだろうが、芸能人だから甘やかされていると睨んで、キツい言葉を伝えたのかもしれない。
「誰だって間違いはある。それをこれから気をつければいいだけの話だ。大丈夫、みんなも分かっている」
言いながら擦っていた手で稜の手を包み込んだ。俺の手を握りしめている手に少しだけ力が入り、熱が一層こもった。
「ねぇ、あとどれくらいで現場に到着するかな?」
声を張り上げ、運転手に訊ねた稜の横顔はいつもの様子に戻っていた。
「あ、えっと多分5分もかからないかと……」
「ありがと! みんなもゴメンね、もう大丈夫だから。一緒に頑張っていこう」
稜の元気な声に振り返れるスタッフは顔を見合わせ、笑顔を浮かべた。暗かった車内があたたかい雰囲気に変わり、ほっとした矢先――
「ねぇ克巳さん、ちょっと」
顔の前に書類を掲げられたのでそれを覗き込んだら、いきなり顎を掴まれ顔の方向を変えられた途端に、強く唇が押しつけられる。してやったりな顔した稜が、小さく笑った。
「相田さん、ご馳走様でした」
慌てて前を見渡すと、さっきまで振り返っていたスタッフみんなが前を向いていたけど、肩を震わせていたり首を動かしていたりと、そろって落ち着きない様子が展開されていて、気を遣っているのが分かってしまった。
(これじゃあ今後、一緒に仕事がしにくいじゃないか……)
目線で稜にそれを訴えてみたが何のその。ケロッとした顔で難なく仕事をこなしたのだった。
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