日本万歳 小説版

れつだん先生

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2010年3月8日

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 月曜日になり、早速市の社会福祉協議会へと問い合わせをしてみる。よく考えてみれば当たり前なのだが、簡単には貸してくれないようだった。まずはハローワークへと行き、そこで相談をする。雇用保険に半年間入っていれば、それが貰える。それが無理な状態で、ようやく次のステップである国に金を借りる、ということができるようだった。
 僕は早速車を飛ばし、ハローワークへ行く。田舎なので自分の住んでいる市にハローワークは無い。片道17キロ。ガソリン代がきつい。
 ハローワークについたのはいいものの、駐車場は車で一杯で止めることができなかった。話には聞いていたものの、ここまで仕事を探す人が増えていたとは、と少しびっくりした。出ていく車に合わせて、自分の車を止める。当然中も人で一杯だった。受付にて「登録したい」というと、登録用紙を渡され、これに記入し自分の番号が呼ばれるまで暫く待つように、と言われた。僕の後にもどんどん人が入ってくる。受付に行列ができ、仕事を検索するパソコンはフル稼働している。それにあぶれた僕のような人たちは椅子に座り、自分が呼ばれる番を待っていた。一人のお爺さんが相談員に大声で文句を言っていた。仕事が見つからないからだろうか。
 15分ほど待っただろうか、ようやく自分の番号が呼ばれ、職業相談と書かれた場所へ行き、挨拶もそこそこに椅子に座る。向かい合わせに座った相談員は年のころ30過ぎといったところだろうか。眼鏡を掛け、花粉症対策かマスクで顔を覆っている。左指にはくすんだ色の結婚指輪がさりげなくついていた。
「登録と、緊急小口金について相談したいのですが」と言うと、「じゃあまずは登録からやりましょうか」と言われ、今までやってきた仕事などを聞かれた。そして緊急小口金の話になった。社会福祉協議会の人と同じく、まずは雇用保険がどうなっているかを確かめる、と言われた。しかし残念なことに、2年間で累計半年に満たず、雇用保険を貰うことはできなかった。
「最近までやっていた仕事の明細などがあれば、雇用保険が掛かっていたかがわかるんですよ」言いながらパソコンの画面を僕に見せる。「ただここにデータとして残っていないだけで、入っている可能性はあります」
 しかし何事にもずさんな僕が明細書をきちんと置いているはずもなく、雇用保険の話はここで終わった。単純に金を借りる、ということだが、様々なパターンがあるようだった。パンフレットのよなものを出され、それを見ながら説明を受ける。

・仕事も無く、家も無い方に対して敷金礼金などを貸す物。
・仕事は無いが家がある。しかし家賃を払うことができない方に対して家賃などを貸す物。
・病気などによって働けなくなった方へ貸す物。

 そのほかにもあったが、自分には関係無いというのもあって忘れてしまった。注意しなければならないのは、金を貸すといっても、働く意欲があり、返済ができる人間でないといけないということだった。考えてみれば当然なのだが。その働く意欲というのも様々で、ハローワークで何度も面接を受けるというパターンや訓練を行い最終的に就職を目指すパターンなどがあった。しかし僕は「もう貯金が底をついて、悠長なことはできない」という状態であり、どちらも当てはまらないということになった。とりあえずの金ができたあとの話だ、と。
「これは借金のようなものなんですが、国があなたにお金をあげますよ、というシステムがあります。家が無くなる、というのを阻止するためのようなものです。といっても全額でなく、家賃の内上限4万までをあなたにあげる、というものです」
 そんなものがあるというのは初耳だった。
「その上で生活資金として、金を借りたほうがいいですよ」
 言いたいことはわかった。貰える物は貰って、借りるものは借りる、そのほうが賢い、ということだった。それをやるには、ハローワークでは何の対処もできませんでした、後のことは市にお願いします、という書類が必要になる。それを相談員に書いてもらい、お礼を言ってハローワークを後にした。ハローワークに入ったのは朝の九時頃だったが、出たのは十一時を回っていた。
 その足で市役所へと行く。書き忘れていたのだが、家賃を市に払って貰うのは市役所で、生活資金を借りるのは社会福祉協議会。市役所へ行き、受付で場所を教えてもらい、そこへ行く。そこでもお爺さんが若い役員に絡んでいた。待つ間退屈なので、その会話へ耳を傾ける。
「もうね、生きるので生一杯なんだよ」
「ええ」
「仕事も見つかねえし、年齢も年齢だろ? どうすりゃいいんだよ」
「仕事を探していただくか……」
「だから無えって言ってるだろ!」
「不景気なのもあって、仕事が見つからないという相談はよく受けます」
「だったら何とかしろよ!」
「私どもには何とも……」
 僕の名前が呼ばれ、奥へと案内された。ここで待つようにと小さな部屋へと入る。刑事ドラマでよく見る取調室のような質素な部屋。事務机と椅子が真ん中に置いてあり、壁にはなぜかもう既に黄色く変色している今年のカレンダーが張ってある。その反対側には引き出しがいくつもついた棚があり、その上には小さなテレビデオが置いてあった。僕はとりあえず椅子に座り、することも無いのでただじっと待っていた。暫くして中年の役員が大量の書類と共に入ってきた。そこで僕は様々なことを聞かれ、書類に書いた。乗っている車、以前までやっていた仕事、貯金の金額、などなど。そこでいくつかの書類を渡され、次の日に持ってくるように言われた。どうやら僕みたいなのは今まで何人かやってきたようだった。
「明日提出して、今月末にある家賃の支払いまでには間に合いますよね?」と聞くと「大丈夫ですよ。安心してください」と言われた。

 自分で書く用の書類と、アパートの管理者に書いてもらわねばならない書類の二種類があった。僕はそのまま20キロ離れた場所にある、管理事務所へと行く。ガソリンのことはもう考えないほうがいい。必要資金なのだ。
 事務所へ入り、カウンターの前に座っている女性に書類を渡す。眼鏡を掛けた若い女性だった。そんなことを考えている場合で無いと分かっていても、眼鏡フェチな僕は心が躍った。それだけでなく、その女性はかなり無愛想で、S気があった。書類を見て、「多分無理ですよ」と言う。僕は市役所で「この管理してる会社は大丈夫です。今まで何度か例はあるから」と言われていたので、「いやいや、できないわけないでしょ」と言った。
「これは結局何なんですかね?」とだるそうに聞く。そこでわかったことなんだが、いくらS気のあると言っても、客商売でそれを出してはいけない、ということ。そしてさすがの僕もそれには苛々してしまう、ということ。僕は少し声を荒げ、「上を呼べよ」と言った。つん、と横を向き、「じゃ、ちょっと待っててくださいねえ」と奥へと引っ込んでいった。待たされ、待たされ、苛々が募っていく。限界だ! と思ったその時、女性がやってきた。
「何か市と会社の上に相談しなきゃならないみたいなんで、ちょっと時間もらえますか?」
「いいよ。じゃあ待ってるよ」
「今日中には無理です」
 時計を見る。まだ15時。ぐっと苛々を堪え、無言で立ち上がり踵を返す。「あー、電話番号教えてもらえます? 明日掛けるんで」投げつけるように電話番号を言い、何も言わずにその場を後にした。

 そして次は社会福祉協議会へと行く。そこでは生活資金を借りるための書類を貰わねばならなかった。市内にあり、無駄に大きい。昔小学生の頃に見学か何かで行ったことがあった。あとは銭湯とビリヤードをするために行ったきりだった。無駄に広くがらんとした駐車場に車を止め、入り口に入ると、無駄に広い空間の片隅に受付があった。受付の奥では5人ほどの中年の女性がおり、世間話に花を咲かせていた。一人が僕の存在に気づき、ハローワークで貰った書類を見せる。二階に行ってくださいと言われ、無駄に広い階段をのぼる。しんとした中に僕の足音だけが聞こえる。そして徐々に女性の話し声が聞こえてきた。無駄に広い廊下に、2人の中年の女性が世間話に花を咲かせていた。正直僕は腹が立っていた。頑張って働いている人間もいるのに、ここにいる人間共は無駄話をするのが仕事なのか! と。それで金がもらえるのか! と。
 社会福祉協議会、と書かれたドアを開けると、ふんぞり返って椅子に座る中年の男と、そのまわりで世間話をする主婦と目が合った。書類を見せると、廊下にある椅子で待つようにと言われた。僕が廊下へ出た瞬間、また世間話の声が聞こえた。暫く待ち、若い男がやってきた。書類を貰い、説明を聞く。金額は最大月十五万円、期間は最大半年間。保証人がいれば利子は付かないが、保証人がいなければ年1.3パーセントの利子がつくようだった。書類を貰い、お礼を言い、その場を後にする。廊下でまだ世間話をしていた中年の女が僕に気づき会釈をする。無意識の内に僕も会釈を交わしていた。

 車の中で煙草をすうと、溜まっていた緊張感や疲労感がどっと体に重くのしかかってきた。今日やるべきことは全てやった。後は書類を整え明日提出するのと、面接を受けること。ふらふらと本屋へ寄り、立ち読みで時間を潰し、日が暮れてから家に帰り、寒さもあったので久々に浴槽に湯を張り、体を温めてからスパゲティを作った。本当は米も炊きたかったのだが、買い忘れていたので仕方ない。
 インターネットを開き、日課となっている求人のチェックと2ちゃんねるのチェック、そして最近嵌っているツイッターを確認してからインターネット麻雀をする。一人暮らしが長いせいか、誰かの声が無いと寂しくなるので、見もしないテレビをつける。目の疲れを感じ、布団に潜り込み、筒井康隆の短編集を読む。昨日まではあまりの不安に眠ることさえままならなかったが、少しは不安も取れたのだろう、その日はぐっすりと眠れた。
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