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最終章 夢で逢えたら
第5話 雑談
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ゴールデン・ウィークが終わったので、歩いて十分程の所にある役所に行き生活保護費を貰いに行く。入院するまでは振り込みだったのに、手渡しになった。受給時間までまだ三十分はあるのにも関わらず、広いロビーには七十人ほどの行列。大体がお年を召した方だ。若いのは僕ぐらいだろう。
無事に貰い、役所から一番近いコンビニでペットボトルのジュースとフライド・フーズとハイライト・メンソールを一カートン買い込む。
金があるというのは、こんなにも心に余裕が持てるものなのか……。もう我慢をする必要はない。抑うつな気分も、少しだけ晴れたような気がした。気がしただけかもしれないが。しかし、無駄遣いはできない。一応五キロ千二百円の米を買っておいた。しかし困ったことに、元友人から貰い受けたこのIH炊飯器、炊飯のボタンしか効かなくなっている。買い替える金は当然ない。
毎週木曜日は精神科の診察だ。昼頃に起きて、うだうだして、煙草を吸って、十二時になったら行こう、半になったら行こう、一時になったら……を繰り返して、結局二時半に向かった。歩いてニ十分程度だ。大きな大学病院に入り、突き当りにある受付の壁に備え付けられた機械にカードを通し、番号が書かれた紙きれを手に取り、メンタルヘルス・センターとなぜか横文字になっている二階の受付の看護師に紙切れを渡す。もう四年通っているので、看護師とも顔なじみだ。いつものように三時間待たされた後に番号を呼ばれた。
主治医とももう四年の付き合いだ。一番最初に入院した閉鎖病棟で出会い、この病院にあるデイ・ケアを紹介してもらった。少し小太りで、髪の毛は短く、顎鬚を蓄えており、確か一年程前に結婚して子供ができたはず。
普段は気分が沈んでいるのに、なぜか診察の時は明るく振る舞える。しかしそれも主治医はわかっていて、「何で俺の前では元気なのに外や家では鬱なんだろうな」と言っていた。
二日に一度しか眠れないのと、気分が下がっていることを伝えるが、まだ大丈夫だと判断されているのか、薬の方は現状維持となった。終わると外にある薬局へ行き、薬を処方された。
帰宅していると、女友達から明日遊ぼうと言われたが、乗り気ではなかったので断った。そしてこれを朝の四時まで書き、知らず知らずの内に寝て、チャイムで起こされた。廊下に備え付けられているモニタで確認するも、ただ外が映っているだけだ。期待をしながらドアを開けると、真理さんだった。部屋へ招き入れる。
事務的作業を終え、雑談に入る。気分が下がっていることを正直に話す。詳しくは延べないが、夏に友人が亡くなったため、暑くなるとそれを思い出してしまい、滅入る、ということを言うと、真理さんに励まされた。「渡辺君が悪いわけじゃないんだから」と言ってくれるが、僕は、「いや、僕がもっと話を聞いたりしたら止められたんですよ」と返す。やはり真理さんは看護師というところで、少しそうやって沈んだ話になると話を変え、笑い話にしたところで、僕は女性に聞いてはいけないことを聞いた。年齢だ。真理さんは笑いながらはぐらかし、「まあ渡辺君よりかはちょっと年上だね」と言った。そして毎回話している、金のない話になった。それからなぜか、野菜を摂る摂らないの話になった。僕は某漫画の台詞を拝借し、「僕は体内で野菜が生成されているんですよ」と言うと、お姉さんは爆笑した。ちょっと僕は突っ込んで、「料理が面倒くさいので、誰かがやってくれるといいですねぇ」と言った。「料理かぁ。でも野菜って取り辛いよね。野菜ジュースでもいいんじゃない?」と真理さんが言ったので、「いや……高いじゃないですか」と返すと、「結局は金だね。煙草止めればいいのに」と真理さんは笑った。
その日は一番雑談をした。時間にして四十分ぐらいだろうか。あまり長引かせるとお姉さんの仕事に差しさわりが出ると思ったので、そろそろ終わりかな、と思っていると、真理さんは置いてあった今季号の早稲田文学を手に取り、「これ面白かった?」と言った。僕は正直に、「めっちゃつまんなかったですよ」と言い、笑い合った。「私もミステリぐらいは読むけれど、いや、何度も言うようだけれど、これだけ読んで本当にすごいね」と本棚を見た。ぎっしりと文庫本が並べてある。
「すごくないですよ」
「ギャップよギャップ。話せば笑顔もあっていいんだけれど、ぱっと見怖いじゃん」と真理さんは笑った。
「いつもそんなこと言われるんですよ。僕、全然怖くないですよ。だって、自分のこと僕って呼ぶ男なんて怖くないでしょ」と僕は笑った。これだけ笑ったのは久しぶりだ。僕が最初に、「気分が下がっている」と言ったから、様々な笑い話を出してくれたんだろう。今日の収穫は、真理さんも多少は小説を読むという所だ。
三十センチほど離れた場所に真理さんは正座で座っていたが、もうずっと抱きつきたかった。しかしそれをすれば終わる。僕はじっと我慢をした。そして真理さんは帰って行った。
掲示板に、真理さんはミステリぐらいなら読書をするようだ、と書き込むと、「お前のお勧め小説紹介しろ!」だの、「小説以外の趣味も聞いて近づけ!」だの言われた。言う方は楽だ。やる方の身ににもなってみろ。
無事に貰い、役所から一番近いコンビニでペットボトルのジュースとフライド・フーズとハイライト・メンソールを一カートン買い込む。
金があるというのは、こんなにも心に余裕が持てるものなのか……。もう我慢をする必要はない。抑うつな気分も、少しだけ晴れたような気がした。気がしただけかもしれないが。しかし、無駄遣いはできない。一応五キロ千二百円の米を買っておいた。しかし困ったことに、元友人から貰い受けたこのIH炊飯器、炊飯のボタンしか効かなくなっている。買い替える金は当然ない。
毎週木曜日は精神科の診察だ。昼頃に起きて、うだうだして、煙草を吸って、十二時になったら行こう、半になったら行こう、一時になったら……を繰り返して、結局二時半に向かった。歩いてニ十分程度だ。大きな大学病院に入り、突き当りにある受付の壁に備え付けられた機械にカードを通し、番号が書かれた紙きれを手に取り、メンタルヘルス・センターとなぜか横文字になっている二階の受付の看護師に紙切れを渡す。もう四年通っているので、看護師とも顔なじみだ。いつものように三時間待たされた後に番号を呼ばれた。
主治医とももう四年の付き合いだ。一番最初に入院した閉鎖病棟で出会い、この病院にあるデイ・ケアを紹介してもらった。少し小太りで、髪の毛は短く、顎鬚を蓄えており、確か一年程前に結婚して子供ができたはず。
普段は気分が沈んでいるのに、なぜか診察の時は明るく振る舞える。しかしそれも主治医はわかっていて、「何で俺の前では元気なのに外や家では鬱なんだろうな」と言っていた。
二日に一度しか眠れないのと、気分が下がっていることを伝えるが、まだ大丈夫だと判断されているのか、薬の方は現状維持となった。終わると外にある薬局へ行き、薬を処方された。
帰宅していると、女友達から明日遊ぼうと言われたが、乗り気ではなかったので断った。そしてこれを朝の四時まで書き、知らず知らずの内に寝て、チャイムで起こされた。廊下に備え付けられているモニタで確認するも、ただ外が映っているだけだ。期待をしながらドアを開けると、真理さんだった。部屋へ招き入れる。
事務的作業を終え、雑談に入る。気分が下がっていることを正直に話す。詳しくは延べないが、夏に友人が亡くなったため、暑くなるとそれを思い出してしまい、滅入る、ということを言うと、真理さんに励まされた。「渡辺君が悪いわけじゃないんだから」と言ってくれるが、僕は、「いや、僕がもっと話を聞いたりしたら止められたんですよ」と返す。やはり真理さんは看護師というところで、少しそうやって沈んだ話になると話を変え、笑い話にしたところで、僕は女性に聞いてはいけないことを聞いた。年齢だ。真理さんは笑いながらはぐらかし、「まあ渡辺君よりかはちょっと年上だね」と言った。そして毎回話している、金のない話になった。それからなぜか、野菜を摂る摂らないの話になった。僕は某漫画の台詞を拝借し、「僕は体内で野菜が生成されているんですよ」と言うと、お姉さんは爆笑した。ちょっと僕は突っ込んで、「料理が面倒くさいので、誰かがやってくれるといいですねぇ」と言った。「料理かぁ。でも野菜って取り辛いよね。野菜ジュースでもいいんじゃない?」と真理さんが言ったので、「いや……高いじゃないですか」と返すと、「結局は金だね。煙草止めればいいのに」と真理さんは笑った。
その日は一番雑談をした。時間にして四十分ぐらいだろうか。あまり長引かせるとお姉さんの仕事に差しさわりが出ると思ったので、そろそろ終わりかな、と思っていると、真理さんは置いてあった今季号の早稲田文学を手に取り、「これ面白かった?」と言った。僕は正直に、「めっちゃつまんなかったですよ」と言い、笑い合った。「私もミステリぐらいは読むけれど、いや、何度も言うようだけれど、これだけ読んで本当にすごいね」と本棚を見た。ぎっしりと文庫本が並べてある。
「すごくないですよ」
「ギャップよギャップ。話せば笑顔もあっていいんだけれど、ぱっと見怖いじゃん」と真理さんは笑った。
「いつもそんなこと言われるんですよ。僕、全然怖くないですよ。だって、自分のこと僕って呼ぶ男なんて怖くないでしょ」と僕は笑った。これだけ笑ったのは久しぶりだ。僕が最初に、「気分が下がっている」と言ったから、様々な笑い話を出してくれたんだろう。今日の収穫は、真理さんも多少は小説を読むという所だ。
三十センチほど離れた場所に真理さんは正座で座っていたが、もうずっと抱きつきたかった。しかしそれをすれば終わる。僕はじっと我慢をした。そして真理さんは帰って行った。
掲示板に、真理さんはミステリぐらいなら読書をするようだ、と書き込むと、「お前のお勧め小説紹介しろ!」だの、「小説以外の趣味も聞いて近づけ!」だの言われた。言う方は楽だ。やる方の身ににもなってみろ。
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