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第1章 閉鎖病棟
最終話 退院
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帰ってきたが、特に変化はなかった。真理さんは若い女の子と中年男と喋ってるし、昼飯食ったあとに、「飯はまだかいのぅ」というぼさぼさヘアの老人はいるし、――唯一違うのは有線男がいなくなった点だろう。多分奥の部屋で縛り付けられてるんだろう。深入りはしない。
主治医が薬を足してくれたのだろうか、家でもしっかりと寝られた。しかし、睡眠薬には耐性があると聞く。今飲んでいるのも効かなくなるのだろうか――。
それにしても、だ。そろそろ時間がなくなっているのは、嫌でも馬鹿でもわかる。僕は任意入院になったので、もうあと二週間もすれば退院だろう。真理さんはもっと早い。もしかすると今週ということも考えられる。よし! 行くぞ! と携帯を握り締めて男子トイレへ。もう時間がないのはわかっているだろう! ずっといる中年男など跳ね飛ばして、連絡先を聞かなきゃならないだろう!
しかしそれが僕にはできず、また無駄に一日が終わっていくのだった――
なんで僕はこうも駄目なのだろうか。女性に連絡先を聞くなんて、「すみません、連絡先交換しませんか?」でオッケーなのにも関わらず、それすらもできない。思えばこれまでの人生もそうだった。自分からなにかをしたことなんてあっただろうか。大体は人に勧められたり、人に強制的にされたりしてきた人生だった。そんな僕にいきなり変われというのか? それはあまりにも酷すぎる。しかし――でも真理さんの連絡先を知りたい――!
と考え事をしていると、なにやら耳に小鳥の囀り――ではなく真理さんの声だ! 真理さんが僕に話しかけてきている! これはチャンスだ、もはやラスト・チャンスかもしれない。
「もう少しで退院ですか?」と真理さんは言った。
「あ、は、はい、あと、に、二週間後ぐらい、です」
「私は明日なんですよ」
え?
ええ?
えええ?
あ、明日?
今だ! 今しかない! 早く携帯を取り出せ! ポケットにあるはずだ!
僕はびっくりしてしまい、そんな僕を尻目に、真理さんはどこかへ去っていってしまった。
なにを考えいても、飯だけは食べられるものだなぁと思った。食べている間は、真理さんのことを一瞬だけでも忘れられる。正直、完全に忘れられたらどんなにいいかと考える。悩まなくて済むし、なにもしなくても済むし。だけどそれが無理だってことはよくわかっている。
そして最近は真理さんのことを考えすぎて、夜も眠れないし朝も起きれないし、OTにも参加していない。駄目だとはわかっているのだが。
明日。明日に退院する。それはどうやっても変えられないこと。だから僕は今日か遅くて明日の午前には聞かなければならない。
――早くとっとと聞いちまえよ。
僕の心がそう言っている。これはもう覚悟を決めるしかない。僕、は中年男と真理さんが喋っている五メートル先まで近づいて逃げた。なんで駄目なんだろう。断られた時のダメージ? 中年男の前で聞くのが恥ずかしい? というよりもアクションを起こすのが恥ずかしい?
全部だ。
といってもう、真理さんは明日には帰ってしまう。それはもう変えられない事実というのはわかっている。だから半ば強引にでも連絡先を聞いたほうがいいのではないだろうか、というのもわかっている。
そんな中、もういいか、という感情が沸いてくるのを感じる。こうやって一ヶ月近く、眺めたり少し話をしたりして、それだけで十分なのではないだろうか。病人同士で付き合うとうのも大変だろうし。
でも――
デートがしたい。二人きりでレストランなんかで食事をして、それからウィンドウ・ショッピングなんかを楽しみたい。遊園地にも行きたい。映画も見たい。映画館もいいんだけど、レンタルしてきたのを、部屋でジュースでも飲みながら見たい。あとお互い二十歳を超えているんだし、居酒屋デートなんかも洒落込みたい。
そう、今後真理さんとしたいことがいっぱいあるんだ。ということは僕がすることはただ一つ。連絡先を聞くことだ!
「あの、連絡先教えてもらえないでしょうか」
ここはトイレ。鏡に向かって練習している。軽く見られたら駄目、やっぱり真面目な好青年に見えないと駄目。坊主から少し伸びた髪の毛を水でセットし、いざ真理さんの元へ――行くが、どこにもいなかった。
読書をするふりをして真理さんを待っていると、夜の薬の時間となった。当然真理さんもやってきたのだが、薬を飲むとすぐにベッドに戻ってしまった。僕もここにいても仕方がないので、薬をのんですぐベッドへ行った。
ついに、真理さんに連絡先を聞けないまま、今日が終わる。中年男を味方につけるという作戦を思いついたが、今更だ。しかもあの男は、確実に真理さんを狙っている。というか、もうできあがってるんじゃないか? という思いをかき消す。
真理さんとの最後の一日。僕は、追い詰められると力を発揮するタイプなので、気さくにロビーにいた真理さんに話しかけた。当然ものすごく緊張したが。
「今日で退院ですね」
「いやぁ、長かったです」
「何ヶ月ですか?」
「三ヶ月です」
「うわーそれは長い」
あ、そういえば、とポケットから携帯を取り出す! と同時に真理さんが、
「家のことは旦那がやってくれるから楽なんですけどね」
ん?
んん?
んんん?
旦那?
夫?
結婚している?
婚約者?
大きく深呼吸をする。
「じゃ、僕はちょっと外を散歩してきます」と言い、紙に書いて看護師に扉を開けてもらい、外へ出た。寒いけどこれぐらいがちょうどいい。売店でぬるいミルクティを購入し、ベンチで飲み、戻るとちょうと真理さんが旦那と二重扉を開けてもらっているところだった。僕が廊下で待っていると、真理さんがすれ違いざまに、「お世話になりました」と言った。僕は、「あ、はい」とだけ返した。真理さんは外へ出て、僕はまた閉鎖病棟へと入っていった。
主治医が薬を足してくれたのだろうか、家でもしっかりと寝られた。しかし、睡眠薬には耐性があると聞く。今飲んでいるのも効かなくなるのだろうか――。
それにしても、だ。そろそろ時間がなくなっているのは、嫌でも馬鹿でもわかる。僕は任意入院になったので、もうあと二週間もすれば退院だろう。真理さんはもっと早い。もしかすると今週ということも考えられる。よし! 行くぞ! と携帯を握り締めて男子トイレへ。もう時間がないのはわかっているだろう! ずっといる中年男など跳ね飛ばして、連絡先を聞かなきゃならないだろう!
しかしそれが僕にはできず、また無駄に一日が終わっていくのだった――
なんで僕はこうも駄目なのだろうか。女性に連絡先を聞くなんて、「すみません、連絡先交換しませんか?」でオッケーなのにも関わらず、それすらもできない。思えばこれまでの人生もそうだった。自分からなにかをしたことなんてあっただろうか。大体は人に勧められたり、人に強制的にされたりしてきた人生だった。そんな僕にいきなり変われというのか? それはあまりにも酷すぎる。しかし――でも真理さんの連絡先を知りたい――!
と考え事をしていると、なにやら耳に小鳥の囀り――ではなく真理さんの声だ! 真理さんが僕に話しかけてきている! これはチャンスだ、もはやラスト・チャンスかもしれない。
「もう少しで退院ですか?」と真理さんは言った。
「あ、は、はい、あと、に、二週間後ぐらい、です」
「私は明日なんですよ」
え?
ええ?
えええ?
あ、明日?
今だ! 今しかない! 早く携帯を取り出せ! ポケットにあるはずだ!
僕はびっくりしてしまい、そんな僕を尻目に、真理さんはどこかへ去っていってしまった。
なにを考えいても、飯だけは食べられるものだなぁと思った。食べている間は、真理さんのことを一瞬だけでも忘れられる。正直、完全に忘れられたらどんなにいいかと考える。悩まなくて済むし、なにもしなくても済むし。だけどそれが無理だってことはよくわかっている。
そして最近は真理さんのことを考えすぎて、夜も眠れないし朝も起きれないし、OTにも参加していない。駄目だとはわかっているのだが。
明日。明日に退院する。それはどうやっても変えられないこと。だから僕は今日か遅くて明日の午前には聞かなければならない。
――早くとっとと聞いちまえよ。
僕の心がそう言っている。これはもう覚悟を決めるしかない。僕、は中年男と真理さんが喋っている五メートル先まで近づいて逃げた。なんで駄目なんだろう。断られた時のダメージ? 中年男の前で聞くのが恥ずかしい? というよりもアクションを起こすのが恥ずかしい?
全部だ。
といってもう、真理さんは明日には帰ってしまう。それはもう変えられない事実というのはわかっている。だから半ば強引にでも連絡先を聞いたほうがいいのではないだろうか、というのもわかっている。
そんな中、もういいか、という感情が沸いてくるのを感じる。こうやって一ヶ月近く、眺めたり少し話をしたりして、それだけで十分なのではないだろうか。病人同士で付き合うとうのも大変だろうし。
でも――
デートがしたい。二人きりでレストランなんかで食事をして、それからウィンドウ・ショッピングなんかを楽しみたい。遊園地にも行きたい。映画も見たい。映画館もいいんだけど、レンタルしてきたのを、部屋でジュースでも飲みながら見たい。あとお互い二十歳を超えているんだし、居酒屋デートなんかも洒落込みたい。
そう、今後真理さんとしたいことがいっぱいあるんだ。ということは僕がすることはただ一つ。連絡先を聞くことだ!
「あの、連絡先教えてもらえないでしょうか」
ここはトイレ。鏡に向かって練習している。軽く見られたら駄目、やっぱり真面目な好青年に見えないと駄目。坊主から少し伸びた髪の毛を水でセットし、いざ真理さんの元へ――行くが、どこにもいなかった。
読書をするふりをして真理さんを待っていると、夜の薬の時間となった。当然真理さんもやってきたのだが、薬を飲むとすぐにベッドに戻ってしまった。僕もここにいても仕方がないので、薬をのんですぐベッドへ行った。
ついに、真理さんに連絡先を聞けないまま、今日が終わる。中年男を味方につけるという作戦を思いついたが、今更だ。しかもあの男は、確実に真理さんを狙っている。というか、もうできあがってるんじゃないか? という思いをかき消す。
真理さんとの最後の一日。僕は、追い詰められると力を発揮するタイプなので、気さくにロビーにいた真理さんに話しかけた。当然ものすごく緊張したが。
「今日で退院ですね」
「いやぁ、長かったです」
「何ヶ月ですか?」
「三ヶ月です」
「うわーそれは長い」
あ、そういえば、とポケットから携帯を取り出す! と同時に真理さんが、
「家のことは旦那がやってくれるから楽なんですけどね」
ん?
んん?
んんん?
旦那?
夫?
結婚している?
婚約者?
大きく深呼吸をする。
「じゃ、僕はちょっと外を散歩してきます」と言い、紙に書いて看護師に扉を開けてもらい、外へ出た。寒いけどこれぐらいがちょうどいい。売店でぬるいミルクティを購入し、ベンチで飲み、戻るとちょうと真理さんが旦那と二重扉を開けてもらっているところだった。僕が廊下で待っていると、真理さんがすれ違いざまに、「お世話になりました」と言った。僕は、「あ、はい」とだけ返した。真理さんは外へ出て、僕はまた閉鎖病棟へと入っていった。
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