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第三章 聖書
第5話 聖書
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しかし、と渡辺は考えた。いきなり聖書を読んでも理解できないだろう。まずは入門書的なものから入ったほうがよいのかもしれない。そんなことを考えながら本棚を眺めていると、ある本が目についた。それは、遠藤周作の沈黙と私にとってイエスとはというエッセイの2冊だった。
遠藤周作と三浦綾子は、日本におけるキリスト教文学者のツートップだろう。
なぜこれを買ったのか覚えていない。宗教になど一切興味はなかったし、宗教が題材の本といえば実家の母の部屋の本棚に並んでいる新・人間革命ぐらいしか知らない。遠藤周作のファンということでもない。だから買うわけもないのだが、なぜか本棚にあった。そしてそれが目についた。
暇つぶしにと沈黙を開いた。それはキリスト教の入門書的なものでもなんでもなかった。
簡単に述べると、キリスト教が禁止されていた日本で隠れて信仰していた人たちが次々に処刑となり、宣教師が棄教するという陰鬱で辛い内容だった。
苛烈な拷問を受ける信者が神に救いを求める。しかし神は沈黙している。処刑を前にした信者が救いを求める。やはり神は沈黙している。神父が棄教する。しかし神は沈黙し続けている。
夢中になって一日で読んだ。後半の拷問や処刑のシーンは単純に腹が立った。行っている人への怒りではない。ひたすらに祈り、拝み、救いを求めている信者に神がなにもせず沈黙を続けたことに腹が立った。
続いて私にとってイエスとはを読んだ。こちらはタイトル通り今まで聖書を読んだことがない人に向けたもので、噛み砕いてわかりやすく描かれている。そこに、アウシュヴィッツで他人の変わりに餓死刑を受けた神父や、船が沈没して海に投げ出された後救命胴衣を他人に差し出して死んだ神父が紹介されてあった。
すごいもんだなあと渡辺は思った。そこまでさせる力があるのか、と単純に感心した。渡辺はよくも悪くも単純な人間だ。
この時点でキリスト教に片足一本突っ込んでいる状況で、こうなればもう聖書を読むしかない、というところまで来ていた。
ついに新約聖書を読む。しかし当然渡辺の頭では理解することは不可能なことはわかりきっていたので、三浦綾子の新約聖書入門と合わせて読むことにした。入門書を探しに本屋に行ったところ、これが目についた。旧約聖書というものもあったが、分厚いし難しそうだし旧だしというなんとなくな理由で買わなかった。
始めのマタイの福音書を読み進める。イエス・キリストの系図という題で誰の子が誰でその子が誰を生んでどれがどうで――というのが延々と続く。渡辺は聖書を読むにあたり、よくわからないところは読み飛ばそうと決めていた。まず最初から最後まで読み切ることが重要だと思ったからだ。渡辺の頭では一度読んだだけですべてを理解するなど不可能だともわかっていた。
まあよくわからないが、最初がアブラハムで最後がイエス・キリストということになっているようだ。
続いてイエス・キリストの誕生。渡辺はこれに驚いた。なんとイエス・キリストは人間の女性から生まれていた。
創価学会以外の宗教はシャットアウトされていた渡辺でも、イエス・キリストがなにをしたかは多少なりとも知っている。
奇跡を起こしただの救世主だの、死んで蘇っただの。そんな人――人なのかなんなのかはわからないが――が人間から生まれている。
じゃあただの人じゃん、となるわけだが、しかし違う点がある。精霊が母マリアに子を宿したという。しかも処女で。父ヨセフはなんの関係もない。最初の家系図にちゃんとヨセフの名前も入っているのにも関わらず、だ。つまりヨセフは養父ということになる。
自分に置き換えたら、そんな馬鹿みたいな話はない。性行為もしていない妻が身籠ったら、不倫を疑う。それなのにヨセフは精霊の言葉に従い、イエスを育てた。よくできた人間だ、と渡辺は感心した。なかなかできることではない。
そこから王に命を狙われたり、イエスよりも前に活動していたヨハネという人にバプテスマなるものを受けたり、悪魔が「もしひれ伏して私を拝むならすべてあげよう」と誘惑されたり、4人の弟子を取ったり、生まれた土地を離れて、病気を治したりとイエスの活動が広がってゆく。
あまりの面白さに、気がつけばマタイの福音書を読み終えていた。その間休憩もせずにひたすら読んでいた。ここまで夢中になったのは、物語としてとても面白かったからだろう。そりゃ世界で一番売れるわなと渡辺は苦笑した。
よくわからないポイントはいくつもある。新約聖書入門には、いち信徒が書いたものなのでこれがすべてではない、というようなことが書いてある。知りたいところが解説されていないこともある。
心に残ったところとよくわからないところに付箋を入れながら読み進める。
周りから嫌われている職業の人を弟子にした後、中盤は兎にも角にもイエス・キリストが人々を癒やす。癒やす。癒やす。歩けない人、目が見えない人、死んだ人、等々。所謂奇跡だ。それについて新約聖書入門には「人々に広めようと思って書いてまとめたものに、嘘を書くだろうか」とイエスの奇跡を実際にあったことだと書いている。そう言われると確かにと思う説得力があった。
神がすべてを作った、と書いている。大病や事故等、基本的に受け入れるしかない。つまり運命には逆らえないということになる。そこが創価学会とは大きく異なる。
創価学会には宿命転換というものがある。辛い現状を信心で変えられる。そして周りの人を折伏することで相手も変えられる。
渡辺は、どちらも素晴らしいと思った。キリスト教に興味を持ってから、創価学会を引いた目線で見られるようになった。創価学会関連の本も手に取り読んだ。しかし、池田大作という生きたただの人間を崇拝する気にはならない。
母の部屋には新・人間革命や創価学会関連の書籍がずらりと並び、池田大作夫妻の写真が額に入れて飾られている。このままキリスト教への興味が続けば、渡辺の部屋には聖書やキリスト教関連の書籍がずらりと並び、十字架が飾られることとなるだろう。それが信仰というものなのだろう。
遠藤周作と三浦綾子は、日本におけるキリスト教文学者のツートップだろう。
なぜこれを買ったのか覚えていない。宗教になど一切興味はなかったし、宗教が題材の本といえば実家の母の部屋の本棚に並んでいる新・人間革命ぐらいしか知らない。遠藤周作のファンということでもない。だから買うわけもないのだが、なぜか本棚にあった。そしてそれが目についた。
暇つぶしにと沈黙を開いた。それはキリスト教の入門書的なものでもなんでもなかった。
簡単に述べると、キリスト教が禁止されていた日本で隠れて信仰していた人たちが次々に処刑となり、宣教師が棄教するという陰鬱で辛い内容だった。
苛烈な拷問を受ける信者が神に救いを求める。しかし神は沈黙している。処刑を前にした信者が救いを求める。やはり神は沈黙している。神父が棄教する。しかし神は沈黙し続けている。
夢中になって一日で読んだ。後半の拷問や処刑のシーンは単純に腹が立った。行っている人への怒りではない。ひたすらに祈り、拝み、救いを求めている信者に神がなにもせず沈黙を続けたことに腹が立った。
続いて私にとってイエスとはを読んだ。こちらはタイトル通り今まで聖書を読んだことがない人に向けたもので、噛み砕いてわかりやすく描かれている。そこに、アウシュヴィッツで他人の変わりに餓死刑を受けた神父や、船が沈没して海に投げ出された後救命胴衣を他人に差し出して死んだ神父が紹介されてあった。
すごいもんだなあと渡辺は思った。そこまでさせる力があるのか、と単純に感心した。渡辺はよくも悪くも単純な人間だ。
この時点でキリスト教に片足一本突っ込んでいる状況で、こうなればもう聖書を読むしかない、というところまで来ていた。
ついに新約聖書を読む。しかし当然渡辺の頭では理解することは不可能なことはわかりきっていたので、三浦綾子の新約聖書入門と合わせて読むことにした。入門書を探しに本屋に行ったところ、これが目についた。旧約聖書というものもあったが、分厚いし難しそうだし旧だしというなんとなくな理由で買わなかった。
始めのマタイの福音書を読み進める。イエス・キリストの系図という題で誰の子が誰でその子が誰を生んでどれがどうで――というのが延々と続く。渡辺は聖書を読むにあたり、よくわからないところは読み飛ばそうと決めていた。まず最初から最後まで読み切ることが重要だと思ったからだ。渡辺の頭では一度読んだだけですべてを理解するなど不可能だともわかっていた。
まあよくわからないが、最初がアブラハムで最後がイエス・キリストということになっているようだ。
続いてイエス・キリストの誕生。渡辺はこれに驚いた。なんとイエス・キリストは人間の女性から生まれていた。
創価学会以外の宗教はシャットアウトされていた渡辺でも、イエス・キリストがなにをしたかは多少なりとも知っている。
奇跡を起こしただの救世主だの、死んで蘇っただの。そんな人――人なのかなんなのかはわからないが――が人間から生まれている。
じゃあただの人じゃん、となるわけだが、しかし違う点がある。精霊が母マリアに子を宿したという。しかも処女で。父ヨセフはなんの関係もない。最初の家系図にちゃんとヨセフの名前も入っているのにも関わらず、だ。つまりヨセフは養父ということになる。
自分に置き換えたら、そんな馬鹿みたいな話はない。性行為もしていない妻が身籠ったら、不倫を疑う。それなのにヨセフは精霊の言葉に従い、イエスを育てた。よくできた人間だ、と渡辺は感心した。なかなかできることではない。
そこから王に命を狙われたり、イエスよりも前に活動していたヨハネという人にバプテスマなるものを受けたり、悪魔が「もしひれ伏して私を拝むならすべてあげよう」と誘惑されたり、4人の弟子を取ったり、生まれた土地を離れて、病気を治したりとイエスの活動が広がってゆく。
あまりの面白さに、気がつけばマタイの福音書を読み終えていた。その間休憩もせずにひたすら読んでいた。ここまで夢中になったのは、物語としてとても面白かったからだろう。そりゃ世界で一番売れるわなと渡辺は苦笑した。
よくわからないポイントはいくつもある。新約聖書入門には、いち信徒が書いたものなのでこれがすべてではない、というようなことが書いてある。知りたいところが解説されていないこともある。
心に残ったところとよくわからないところに付箋を入れながら読み進める。
周りから嫌われている職業の人を弟子にした後、中盤は兎にも角にもイエス・キリストが人々を癒やす。癒やす。癒やす。歩けない人、目が見えない人、死んだ人、等々。所謂奇跡だ。それについて新約聖書入門には「人々に広めようと思って書いてまとめたものに、嘘を書くだろうか」とイエスの奇跡を実際にあったことだと書いている。そう言われると確かにと思う説得力があった。
神がすべてを作った、と書いている。大病や事故等、基本的に受け入れるしかない。つまり運命には逆らえないということになる。そこが創価学会とは大きく異なる。
創価学会には宿命転換というものがある。辛い現状を信心で変えられる。そして周りの人を折伏することで相手も変えられる。
渡辺は、どちらも素晴らしいと思った。キリスト教に興味を持ってから、創価学会を引いた目線で見られるようになった。創価学会関連の本も手に取り読んだ。しかし、池田大作という生きたただの人間を崇拝する気にはならない。
母の部屋には新・人間革命や創価学会関連の書籍がずらりと並び、池田大作夫妻の写真が額に入れて飾られている。このままキリスト教への興味が続けば、渡辺の部屋には聖書やキリスト教関連の書籍がずらりと並び、十字架が飾られることとなるだろう。それが信仰というものなのだろう。
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