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8.夕暮れ

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 僕はなにも書き込まずに雑談スレッドを見ていた。
 Bluelobelia.jpは月刊美樹本と呼ばれ始めた。
 月刊美樹本の記事が雑談スレッドにコピー&ペーストされる。
 名無しや固定ハンドルネームがそれに反応する。
 月刊美樹本で美樹本が「れつだんがれつだんが」と大激怒する。
 僕はただ毎日更新し続けていた。
 同じことが繰り返される。
 僕が固定ハンドルネームで出てきて、自分は無実です。名無しで美樹本を馬鹿にしてませんよ、と言えばどうなるだろう。いや、どうにもならないか。
 ムーヴがが「なぜここでやるのか。ほかのスレッドでやってほしい」と発言をした。すると「粘着ストーキング美樹本! こそこそ卑劣な美樹本! 誇大妄想狂美樹本!」と名無しで書き込まれる。「れつだんよ、もういい加減にやめろ」とムーヴが反応する。名無しが「美樹本に言えよ」と言うとムーヴが「れつだんが粘着をやめればいいだろう」と反論する。名無しが「ここは自由な雑談スレッド。特定の話題を禁ずるのはおかしい」と言う。NJという固定ハンドルネームが「美樹本の小説読んでみた。あまりに低レベル。なぜあれで威張れるのか」と貶す。日払い君という固定ハンドルネームが「読んでみたけど結構いいですよ」と褒める。それにNJが反論する。それにムーヴが怒る。ギスギスした雰囲気になったので、僕が名無しで音楽の話題を出す。名無しがそれに乗り別の話題が展開される。しばらくしてまた月刊美樹本の内容が貼りつけられる。それに名無しやNJが反応する。月刊美樹本で美樹本が「匿名掲示板は終わってる! もう見ません。放置です」宣言をする。名無しが「できないことは宣言しないほうがいいぞ」と言う。名無しが「50前で倉庫アルバイトの阿呆がなんであんな偉そうなの?」と言う。NJが「あれは病気らしいが、もともとの人格に異常があるのだろう」と言う。美樹本が「反論。50前で倉庫アルバイトではありません。フリーのクリエイターなのです。俺は春日部駅で絵を売っている青年画家に言われたことがあって、「いや、美樹本さん、貴方は埼玉を代表する天才画家と言わざるを得ない才能がある」と言われました」と言う。それが雑談スレッドにコピー&ペーストされる。僕が「埼玉を代表する天才画家の絵がこれです!」と絵を貼り付ける。名無しが、NJが、ムーヴが、僕が、美樹本が……。

 虚しくなってきた。頼む、もう月刊美樹本で僕や雑談スレッドを煽らないでくれ! と願う。朝起きて開く。僕や雑談スレッドへの文句と自分はすごいという妄想が長文で書かれる。誰もコピー&ペーストしない。なので僕がする。それに名無しが、NJが、僕が反応する……。

 もう、書き込むのはやめようと決意する。読書する。月刊美樹本を開く。雑談スレッドを開く。見る頻度が減ってくる。
「美樹本はもう雑談スレッドを見ないほうがいい」という名無しの書き込みを見て、そうだ僕も見なきゃいいのだと思い、見るのをやめる。でも見てしまう。月刊美樹本で文句と妄想、雑談スレッドで美樹本が馬鹿にされる、僕も楽しくなって名無しで「美樹本さん、大激怒!」という感じで煽ってしまう。
 いかんいかん、もう見ない。家に帰るとすぐに椅子に座り月刊美樹本を開いてしまう。期待している自分がいる。また見てしまったと反省する。雑談スレッドで美樹本が馬鹿にされているのを見て、やーいやーい美樹本のばーか! と楽しくなる。美樹本ばかり言われるのもよくないと思い、名無しで「まーたれつだんが美樹本ストーキングしてるのか。これだから病気は」と書き込む。それに名無しが「お前のほうがストーカーだろ!」と言う。それを見て、やーいやーい美樹本のストーカー! と楽しくなる。
 ムーヴが「雑談スレッドで雑談ができないのは不愉快だ」と言い、NJが「小説が下手くそなのに文章指南とかちょっとアレだな」と言うと、名無しがそれに乗って僕も楽しくなって、やーいやーい美樹本の下手くそー! と楽しくなる。
 ザ・ブルーハーツのTRAIN-TRAINの歌詞のような流れが繰り返される。まあ、これはこれで面白いか。

 そんな雰囲気が、美樹本の一言で大きく変化した。

「えーっと、今まで黙っていましたが、俺、雑談スレッドのIPを自由に閲覧できるのです。首相からも言われまして、「うん、美樹本さん、やっていいよ。匿名掲示板は国会でも問題視されてるし」と許可を得ました。国のトップが制作したIP閲覧アプリを今私のパソコンにインストールしましたので、雑談スレッドのIPを貼り付けますね。ここまでしないと馬鹿はわからないようだ。破滅の始まりですね」

 という文章のあとに、20件以上のIPアドレスが晒された。もちろん僕のIPアドレスもそこに含まれている。
 ちょっとちょっと、駄目だよ。なにやってんの。そういうのはルール違反じゃないの。美樹本が頑張って生きているのはよくわかってる。毎日9時間も現場で働いて、雑談スレッドを見て怒りに震えて、月刊美樹本で長文を展開し、小説は認められずSNSでは雑に扱われ、わけのわからない妄想を垂れ流し、れつだんへ鬱憤をぶちまける。大変だと思うよ。倉庫アルバイトがフリーのクリエイター、匿名掲示板ユーザーは終わってる、れつだんは才能のない精神異常者、女子高生への人生を豊かにする提言、いいじゃないいいじゃない、好きなだけやりなさい。もちろん僕に怒るのもわかるよ。同じ精神疾患なのに、かたや1日9時間週6日現場でつらい労働を強いられて、かたや国の金でなに不自由なく暮らして朝から晩まで雑談スレッドで美樹本攻撃。
 でも美樹本は僕の言うことまったく聞いてくれないよね。いやいや僕も福祉作業所に通ってるんですよと言えば「作業所など人間のゴミ捨て場! ほとんど遊んでいるようなもので、それは仕事とは呼べない! 言い訳だ!」と言って怒り出すし、いやいや僕も病気で入退院繰り返したんですよと言えば「病気の人間が毎日匿名掲示板などできない! 外へも出られない! 詐病だ! 精神科医を騙している!」と怒り出すし、いやいやもうお互い関わらないようにしましょうよと言えば「異常者に約束など守れるはずがない! 私の戦いは続く!」と怒り出すし。
 さすがに僕も馬鹿じゃない。4年も5年も言われ続けると慣れるよ。
 自分の人生が上手く行かない、人に相手にされない、起業も同人誌も作れない、投稿サイトの賞に出しても下位争いでPVも伸びない、大々的に「私美樹本、Youtubeを始めます! 30分語ります!」と発表したのに再生回数が21回、なにもかもすべて僕のせいにして、延々と攻撃し続ければいいよ。それで美樹本の気が済むならいいじゃない。
 でもさ、僕を攻撃し続けるのであれば、僕も反撃ぐらいはしていいよね。

「美樹本さん、ファンのためにオンラインサロンを立ち上げてみては? 月980円で1万人入会すれば月収980万円ですよ」
「ファンへ通信。世界的クリエイターのオンラインサロン、立ち上げたら成功するのは目に見えてるけど、執筆や絵や起業に忙しいから今はいいかな」
「美樹本先生、同人誌制作をクラウドファンディングでやってみては? すぐに制作費集まると思いますよ」
「ファンへ通信。世界的クリエイターがクラウドファンディング、やったら資金が集まるのは目に見えてるけど、執筆や絵に忙しいから今はいいかな」
「美樹本、匿名掲示板いつやめるの?」
「お前らが俺への誹謗中傷・名誉毀損をやめれば、見ることもなくなるだろう」
「同人誌も起業も5年前から言ってるけどなにひとつできてないよね」
「進んでますがなにか? クライアントと面談して少しずつ進めてます。匿名掲示板の悪意が届かないようクローズな場所でやっていますよ」

 美樹本がボケて僕がツッコむ。
 そうやって楽しくキャッチボールをしましょう。
 僕ではない美樹本批判の書き込みを僕だと思って怒り狂っても、もちろん僕はなにも言わない。そんな無粋なことはしない。僕がなにも言わなくても月刊美樹本の記事は雑談スレッドにコピー&ペーストされて、馬鹿にされて批判されて玩具にされる。それに対して美樹本が月刊美樹本で「れつだんは」と長文を書く。なにも知らずホームページを開いた人がどう思うか。本名明記のホームページで「れつだんの精液が」という記事の下に「女子高生の皆さん」を書くことが自分の名前を落とすことに気づいていない。
 それが僕の反撃だ。
 雑談スレッドを開くと、名無しが美樹本を馬鹿にする。美樹本が月刊美樹本で反応する。おっ、今日もやってるね。YOU、どんどんやりなよ。
「れつだん先生@大田区在住精神病生活保護受給者の人生を破滅させるには。大田区の生活福祉課へ行き、れつだんの担当者に会って話をしようと思う。匿名掲示板の書き込みをプリントアウトして見せれば、生活保護停止処分が下るので、れつだんは東京から消えざるを得ないことになります」
 おっ、いいね、YOUどんどんやりなよ。いいじゃんいいじゃん。福祉課に行って騒いで通報されて、どうなるか。
「千葉へ行って風景画を書きました」
「女子高生への助言。私は社会的弱者の女性の強い味方です。女子高生は夢を見て東京に出てくることをやめなさい。安い賃金で疲弊し借金まみれになり最終的に風俗嬢になります。ソープランドで汚い親父のモノを咥えて終わりの人生です。そういうときは倉庫アルバイトをしなさい。時給は安いですが1日8時間働けばそれなりになりますし汗を流して働くのは精神面でも肉体面でもとても健康的になるのです」
「女子高生への助言。大学に行くのはやめなさい。専門学校へ行きなさい。大学卒業で一瞬上位へいけますが、大学卒業者はそこで努力をやめます。そして真っ逆さまです。私のようになりなさい。私の小説を読み絵を見て、芸術とはなんなのかを学びなさい」
「匿名掲示板、パソコンでも携帯でも見れないようにした。最後に確認すると、れつだんがまだやっている。馬鹿馬鹿しい。れつだんの息の根を止めなければ。とりあえず大田区役所へ行って、だな。で、そのあとは週刊文春にれつだんの情報を流して、「真面目に働き真面目に創作してる才能のある男性を5年以上もストーキングしている精神異常者のエタヒニン」と記事になればれつだんは日本にいられなくなり、金もなくなってボロアパートでゴキブリのようになって孤独死、餓死、野垂れ死にだろう。駆逐するには死しかない」
「美樹本さん、5年間も匿名掲示板をやめるを言い続ける」
「いや、れつだんが俺を誹謗中傷し名誉毀損するから反応するだけで、もう頭の中には匿名掲示板もれつだんも存在しないので。5年間見てわかったのは、「あ、わかったぞ。こいつら、最終的にダンボールハウスで空き缶潰して飯も食えなくて冬道端で餓死、野垂れ死にの浮浪者なんだな。時間を費やす必要もないな」と思うと腹も立たないので」
「俺の人生を進めるためには、れつだんという足かせを外さないと。れつだんを閉鎖病棟に入れて、死ぬまでそこに閉じ込める。そうしない限り俺の人生は進まないし上手くも行かない。諸悪の根源であるれつだんを社会的に抹殺しないと、俺のクリエイティブ精神は破壊されたままで、小説や絵や同人誌に取りがかることはできない。

 美樹本がやればやるほど僕はとても楽しい気持ちになる。
 もっと過激なことを言って、自分で自分の首を締めなさい。もっと、もっとやれ。どんどんやれ。
 それなのにさ。
 IPアドレスを晒しちゃいけないよ。

 案の定「無関係ですが、IPアドレスを晒されたのでこれから弁護士に会ってきます」と名無しが書き込んだ。
 どうにかしないと。僕は考えた。僕のパソコンのIPアドレスは晒されていたが、携帯のIPアドレスは晒されていない。パソコンで月刊美樹本は何度も開いたが、携帯では開いていない。
「わかった! 月刊美樹本を開いた端末のIPアドレスを晒してたんだよ! 雑談スレッドのIPアドレスじゃない!」と僕は名無しで書き込んだ。いやーよかったよかった、自分のホームページの来場者のIPアドレスを晒しただけ。セーフだね。大丈夫。よかったなあ美樹本。
「それのほうがもっと悪質。ただホームページを開いただけでIPアドレスが開示される意味がわからない」
 そうだったのか。
 IPアドレス晒しで雑談スレッドが荒れた。さすがに今回はスルーできない、通報する。過去の美樹本の発言が貼られより一層スレッドが荒れる。美樹本が慌てて月刊美樹本を更新し「冗談ですよ(笑)」とジョークで流そうとするが名無しは許さない。
 美樹本が更新する。
「俺への悪質な誹謗中傷を見ていてふと気づいた。「これって風説の流布じゃないか」と。俺を名誉毀損するということは、俺のビジネスを名誉毀損しているということで、完全にアウトなんだよな。匿名掲示板の常時発情期の害虫は俺の足を引っ張ることしかできない。れつだんとかNJみたいな日本国に不要の障害者は即座に閉鎖病棟行きで、そこで終わり。法律違反をしているということなので、雑談スレッドの書き込みをすべてプリントアウトして、春日部警察署に行ってきます」
 美樹本、警察署へ行く。
 実は僕も数年前に炎上し警察署へ相談しに行ったことがあった。
 陽子が引退して3ヶ月後のことだ。
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