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四、 林蔵(りんぞう)
しおりを挟む夜の帳に包まれた八王子城下の小屋に灯りがともり、窓から煙と煮炊きの匂いが漂ってくる。床板の上であぐらをかいて座っているのは、泥と砂ぼこりと汗にまみれた男たち。無我夢中で空腹を満たしていた。
左手に木の碗を持ち、竹串に刺した肉をくわえた小柄な若者が、竜のかたわらに腰を下ろす。
「おっ、誰が作ったんだこれ。塩をふって炭火で焼いたのか。うん、なかなかうまい」
林蔵の笑顔がはじけた。
「ところで、これ一体何の肉だ。まさか猿じゃないだろうな」
「さあ、おれにはわかりません。猪ではなさそうですね。御主殿の厨房で余った肉ですよね。味噌をつけたらもっと美味いだろうな。でも、それは無理か。戦で手柄をたててからですかね」
軽口をたたきながら、もぐもぐと堅い肉を噛みしめる。
竜は新しい暮らしにすぐに馴染んだ。山麓にある中山勘解由屋敷の隣には足軽小屋が並んでいる。一部屋十人ほどの若者がひしめいていた。共に寝起きをして、交代で自炊をする。城から時々獣肉が配られた。それを料理して食べることが楽しみとなっている。
竜は勘解由の子息で、通称、助六郎こと中山照守の家来となった。何かと面倒をみてくれる五つ年上の林蔵は、三年前から助六郎に仕えている。城下のまんじゅう屋の倅で、小柄で笑うと目が糸のように細くなる。親しみやすく愛嬌たっぷりだが、機転が利き身軽で腕が立つ。小兵ながら若党として助六郎の槍勝負の時には脇を守る役目をおおせつかっている。そして、由井の町衆だった林蔵は遊び慣れていた。竜を遊女屋へ誘い、女人の味も教えてくれた。
「明日は朝から助六郎様のお供で城の見廻りをする。竜、ちょうどいい機会だ。おれから助六郎様にお願いするから、お前もついて来いよ。山城を歩くのは初めてだろう」
「へえ、そりゃありがたいです。ここへ来てひと月近くなるけど、まだ城のことは、何も知りません」
椀に山盛によそった赤米を口の中にかき込みながら、返事をした。
竜は大勢の雑兵たちと、曲輪を造る。川や崖などで仕切られた区域に土を盛る。そして土塁という土の防壁を造った。敵の侵入を防ぐために、山の尾根や台地を切断するように深く掘る堀切りや、土橋造りを手伝っている。
勘解由橋のそばの練兵場では毎日、合戦に備えて調練をした。体格の良さと腕っぷしの強さで一目をおかれるている。地侍の家に生まれたせいだろうか。おれには武芸の才覚があるのかもしれないと思う。
「助六郎様は素晴らしいお方だぞ。誠実で気さくで威張ったところがまるでない。偉大なお父上の血をひいているから、必ず強い武将になる。高麗八丈流馬術の名手なのだぞ。あの馬上のお姿には惚れ惚れする。あのお方について行けば間違いはない。戦の時には、おれは助六郎様の片腕となって手柄をたてるんだ。おれが命をかけてお守りする。あのお方を必ず大大名にしてみせる」
浅黒い頬を紅潮させ目を輝かせながら言う。
中山勘解由は北条氏照の下で、あまたの戦の武功をあげていた。誰もが知る勇猛果敢な武将。白髪交じりの長い髭。顔にはその戦歴を物語るような無数の傷がある。いかにも古武士然とした風貌だが、練兵場で見かけた二十歳になる息子の助六郎は、まだ初々しい少年のようだ。髭も無くつるりとした綺麗な顔をしている。まだ風格の無い若武者に心酔している林蔵が、まるで恋する女子のように思えて滑稽だった。
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