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6章 王子様
王子様の事情
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そこに立っていたのは王子様だけではなかった。いや、この表現は適切じゃなくて、立っていたの王子様だけだったけれど、横抱きに人を抱えていたのだ。
「それはどういう事だ?」
お父様も気になったらしく、王子様に尋ねる。
「あぁ、すみません」
王子様は言いながら、抱きかかえていた人をゆっくりと床に下ろす。
その人は、人形のように可愛い女の子だった。
柔らかくウェーブのかかった栗色の髪の毛、エメラルドをはめ込んだような輝く瞳、それを縁取る長いまつげ。桜色の頬が幼さを演出している。ドレスを着ていても華奢なのがよく分かる体、その上にちょこんと丸い顔が乗っかっている。
絶妙はバランスで出来上がった美しさは、もはや人間離れしていた。
「彼女はマリンと言います。どうしても僕と一緒に行くと言って聞かなかったので連れて来たのですが……途中で足を痛めてしまい、思ったよりも時間がかかってしまいました。遅れて申し訳ありません」
王子様は深々と頭を下げた。それに続いてマリンと紹介された女の子も合わせてお辞儀をする。
「……もうよい。ともかく席につきなさい」
お父様が指差した向かいの席に、王子様が歩き出す。その後に続くマリンちゃん。
「待ちなさい。ここに残るのはルカ王子だけだ」
お父様の地を揺らすような低い声に、私と王子様、マリンちゃんはビクッと体を震わせた。中でもマリンちゃんは相当びっくりしたらしく、へなへなと床にへたり込んでしまった。
「そんな怖い口調で言わないの。……ほら、脅えちゃったじゃない」
フローラさんののほほんとした口調は、この場にとってすごくありがたかった。
フローラさんは自らマリンちゃんのもとへ駆け寄り、手を取った。
「大丈夫かしら?」
「……」
マリンちゃんは無言で、コクコクと首を縦に振る。それを見ていたお父様は小さく息を吐き、
「婚姻に関わる重要な話になる。部外者である彼女には別室で待機していてもらう。かまわないな、ルカ王子」
先程よりも少しだけ穏やかな口調で言った。
「分かりました。……マリン」
王子様は心配そうな瞳を彼女に向けると、それに応えるようにマリンちゃんは小さくうなずく。
フローラさんに支えられて弱々しく立ち上がると、おぼつかない足取りでこの部屋を出て行った。
「さて、ルカ王子」
マリンちゃんが完全に部屋を出たのを確認すると、お父様は王子様のほうへと視線を移した。
フローラさんも席に座りなおし、同じように王子様を見つめる。それにならって私も同じように王子様を見た。
「君は一体ここへ何しに来たのか理解しているのかな?」
落ち着いた声色なのに、何故だか居心地の悪さを感じる。静かに、けれど確実にお父様は苛立っていた。
お父様の方を見ていた王子様の視線がスーッと私の方に向けられ、見つめ合うような形になる。
「ヒメカ王女との婚約を正式に決めるためです」
目と目が合い、金縛りにでもあってしまったかのようにそらすことができない。不覚にも心臓が跳ねた。
さっきはマリンちゃんのあまりの可愛さに気を取られて気が付かなかったが、この王子様も相当の美形だった。
輝きを振りまくブロンドの髪と爽やかで透明感のある青い瞳。ツンと高い鼻が王子様の顔を気の強いものにしている。
「それを理解していて、どうして女連れでここに来たのか……答えてもらおう」
その言葉を聞いて、お父様の苛立ちの原因を理解した。遅刻してきたことだけではなく、マリンちゃんの存在が気に食わなかったようだ。
「彼女は僕の妹のようなものです」
お父様の言葉の意味を的確に解釈したらしい王子様は、視線をもう一度お父様へ戻してそう言った。
それを聞いたお父様はしばらく黙っていた。しばらく……といっても本当は一分にも満たないかもしれない。
けれど沈黙がその場の緊張感を最高まで高めていて、『早く誰か何か言って』と切実に願い続けた。
そしてそう思えば思うほど、時間の流れがゆっくりに感じる。
「……信じられんな」
ようやく口を開いたお父様。けれど口調は依然として重々しかった。
「ですが、事実です」
王子様は怯むことなく、強い口調で反論する。
「……ルカ王子が得体の知れない娘を拾い、保護している事は聞いている」
お父様は口をニヤリと歪めた。
「あの容姿だ。大方愛人にでもしようと考えているのだろう?」
不愉快な話だ、とお父様は言い捨てた。と、ここで――
「自分のことは棚に上げて……よく言えたものね」
ボソリと非難めいた口調でフローラさんが口をはさむ。お父様は、ううん、と咳払いをした。
「フローラ、少し黙っていなさい。――とにかく、他の女にうつつを抜かすような男にはヒメカを任せるわけにはいかないな」
本当によく言えたものだと思った。しかし自分が、言葉では語りつくせないくらい愛している人が居ながら、浮気をしてしまったという経験を持っているからこそ言えた言葉でもあるのだろう。
「……それは誤解です」
王子様は静かに言った。お父様は鼻で笑う。
「僕が彼女を助けたのは――」
王子様は柔らかく微笑んだ。その瞬間、妙な感覚に陥った。
――あれ? デジャヴ?
そう、王子様の笑顔はどこかで見たことがある。そんな気がした。
「ヒメカ様のようになりたかったからです」
「それはどういう事だ?」
お父様も気になったらしく、王子様に尋ねる。
「あぁ、すみません」
王子様は言いながら、抱きかかえていた人をゆっくりと床に下ろす。
その人は、人形のように可愛い女の子だった。
柔らかくウェーブのかかった栗色の髪の毛、エメラルドをはめ込んだような輝く瞳、それを縁取る長いまつげ。桜色の頬が幼さを演出している。ドレスを着ていても華奢なのがよく分かる体、その上にちょこんと丸い顔が乗っかっている。
絶妙はバランスで出来上がった美しさは、もはや人間離れしていた。
「彼女はマリンと言います。どうしても僕と一緒に行くと言って聞かなかったので連れて来たのですが……途中で足を痛めてしまい、思ったよりも時間がかかってしまいました。遅れて申し訳ありません」
王子様は深々と頭を下げた。それに続いてマリンと紹介された女の子も合わせてお辞儀をする。
「……もうよい。ともかく席につきなさい」
お父様が指差した向かいの席に、王子様が歩き出す。その後に続くマリンちゃん。
「待ちなさい。ここに残るのはルカ王子だけだ」
お父様の地を揺らすような低い声に、私と王子様、マリンちゃんはビクッと体を震わせた。中でもマリンちゃんは相当びっくりしたらしく、へなへなと床にへたり込んでしまった。
「そんな怖い口調で言わないの。……ほら、脅えちゃったじゃない」
フローラさんののほほんとした口調は、この場にとってすごくありがたかった。
フローラさんは自らマリンちゃんのもとへ駆け寄り、手を取った。
「大丈夫かしら?」
「……」
マリンちゃんは無言で、コクコクと首を縦に振る。それを見ていたお父様は小さく息を吐き、
「婚姻に関わる重要な話になる。部外者である彼女には別室で待機していてもらう。かまわないな、ルカ王子」
先程よりも少しだけ穏やかな口調で言った。
「分かりました。……マリン」
王子様は心配そうな瞳を彼女に向けると、それに応えるようにマリンちゃんは小さくうなずく。
フローラさんに支えられて弱々しく立ち上がると、おぼつかない足取りでこの部屋を出て行った。
「さて、ルカ王子」
マリンちゃんが完全に部屋を出たのを確認すると、お父様は王子様のほうへと視線を移した。
フローラさんも席に座りなおし、同じように王子様を見つめる。それにならって私も同じように王子様を見た。
「君は一体ここへ何しに来たのか理解しているのかな?」
落ち着いた声色なのに、何故だか居心地の悪さを感じる。静かに、けれど確実にお父様は苛立っていた。
お父様の方を見ていた王子様の視線がスーッと私の方に向けられ、見つめ合うような形になる。
「ヒメカ王女との婚約を正式に決めるためです」
目と目が合い、金縛りにでもあってしまったかのようにそらすことができない。不覚にも心臓が跳ねた。
さっきはマリンちゃんのあまりの可愛さに気を取られて気が付かなかったが、この王子様も相当の美形だった。
輝きを振りまくブロンドの髪と爽やかで透明感のある青い瞳。ツンと高い鼻が王子様の顔を気の強いものにしている。
「それを理解していて、どうして女連れでここに来たのか……答えてもらおう」
その言葉を聞いて、お父様の苛立ちの原因を理解した。遅刻してきたことだけではなく、マリンちゃんの存在が気に食わなかったようだ。
「彼女は僕の妹のようなものです」
お父様の言葉の意味を的確に解釈したらしい王子様は、視線をもう一度お父様へ戻してそう言った。
それを聞いたお父様はしばらく黙っていた。しばらく……といっても本当は一分にも満たないかもしれない。
けれど沈黙がその場の緊張感を最高まで高めていて、『早く誰か何か言って』と切実に願い続けた。
そしてそう思えば思うほど、時間の流れがゆっくりに感じる。
「……信じられんな」
ようやく口を開いたお父様。けれど口調は依然として重々しかった。
「ですが、事実です」
王子様は怯むことなく、強い口調で反論する。
「……ルカ王子が得体の知れない娘を拾い、保護している事は聞いている」
お父様は口をニヤリと歪めた。
「あの容姿だ。大方愛人にでもしようと考えているのだろう?」
不愉快な話だ、とお父様は言い捨てた。と、ここで――
「自分のことは棚に上げて……よく言えたものね」
ボソリと非難めいた口調でフローラさんが口をはさむ。お父様は、ううん、と咳払いをした。
「フローラ、少し黙っていなさい。――とにかく、他の女にうつつを抜かすような男にはヒメカを任せるわけにはいかないな」
本当によく言えたものだと思った。しかし自分が、言葉では語りつくせないくらい愛している人が居ながら、浮気をしてしまったという経験を持っているからこそ言えた言葉でもあるのだろう。
「……それは誤解です」
王子様は静かに言った。お父様は鼻で笑う。
「僕が彼女を助けたのは――」
王子様は柔らかく微笑んだ。その瞬間、妙な感覚に陥った。
――あれ? デジャヴ?
そう、王子様の笑顔はどこかで見たことがある。そんな気がした。
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