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5章 あいじょう
お姫様の帰還
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日が高くなるころにはお城が見えてきた。行きは半日かかったというのに……。馬だと、悔しいくらい早い。
シグルドは慣れた手つきで手綱を操り、馬を動かしてゆく。
「ヒメカ様、ここからは少し走らせますからしっかりつかまっていて下さい」
「え? どうして?」
「ヒメカ様が城の外に出ていたとバレればおおごとになります。すばやく城の中に戻るためには、あまりモタモタもしていられません」
徐々に揺れが大きくなり、振り落とされそうになる。私は必死でシグルドにしがみついた。
馬は正門の方向には向かわず、城壁に沿って駆けていく。
「裏から入りますよ」
裏にだって人はいるだろうに。
しかし予想とは違い、シグルドが馬を止めたところに人はいなかった。――門もなかった。
「シグルド……これ、何?」
「扉です」
「それは分かってるけど……」
目の前にあるのは、金属製の重そうな扉。日常の出入りに利用するような扉には、到底見えない。囚人を閉じ込めておく部屋を連想させるものだ。
「ここから入るの?」
「えぇ」
もしかして、私閉じ込められるの……?
たしかに、お仕置きをされても仕方ないような事をやらかした自覚はあるけれど、いくらなんでもこれはイヤだ。
シグルドは古めかしい鍵を取り出し、扉の穴に入れた。カチャリと鍵の外れる音がした。
「どうぞ」
扉の向こうには――緑が広がっていた。
「……え?」
頭の中に浮かんでいた冷たい牢獄は影も形もなく、穏やかな芝生が続いている。
「どうかしましたか?」
「牢獄が……ない」
「牢獄? いったい何を言っているんですか?」
「だって、あんな頑丈にできた扉だったから……」
考えていたことを説明すると、シグルドはぷっと吹き出した。
「僕がヒメカ様にそんなことするわけないじゃないですか。この扉は非常用の出入り口ですよ」
そのまま中に入って行ってしまったシグルドの後に私も続く。
シグルドは扉を開けた時と同じ鍵を使って施錠した。
……あれ?
「この扉って内側からも鍵を使うの?」
「普段は出入り禁止ですから。この鍵を持っているのもごく一部の人間だけです」
どうりで見張りもいないわけだ。開かない扉なら壁と同じだ。
シグルドは馬をこっそりと戻し、そのまま城内に入った。
「ここまで来ればもう見つかっても構わないでしょう」
城の中に入るまでに他の人間に見つかるようなことはなかった。無事に部屋まで戻れそうだ。
私が部屋に向かおうとすると、腕をしっかりつかまれた。
「どうしたの?」
「それはこちらのセリフです。どこへ行くつもりなんですか?」
「どこって……部屋に戻るんだけど」
シグルドは私の体を眺めた後、露骨にため息をついた。
「その状態で、ですか?」
土で汚れた騎士服、ボサボサの髪の毛。確かにため息を吐かれるほどみっともない格好ではある。
しかし、今すぐどうにかできるものでもない。
「部屋に戻ったら着替えるつもりだけど?」
「服のことではありません。ココと……あとその足のことを言っているんです」
不意にシグルドの手が伸びてきて、私の首に触れた。
「なにがあったかは知りませんが、怪我をしているじゃないですか。着替えよりも手当が先です」
指摘されてようやく思い出した。あの怪しい兵士に切られたことを。
血が乾いてしまったためか、今は痛みもなにも感じない。そもそもそんなに大きな怪我ではないはずだ。
「大丈夫だよ。それより着替え」
「いーえ、怪我の手当てが最優先です」
私の言い分を聞く気はないらしく、そのまま私の腕を掴んで歩き出した。
「ちょ……ちょっと!」
「仕方ありませんね……」
「えッ! なにを……ッ!」
シグルドは手を離したかと思うと、そのまま私の膝裏に手を差し込んで持ち上げた。俗に言う『お姫様だっこ』というやつだ。
「降ろして、シグルド! 自分で歩けるから」
廊下を曲がったところで、シグルドと(今の私とも)同じ騎士服を着た人に出会った。私たちを見て驚いた表情になる。
「ヒメカ様! それにシグルド殿も……無事だったんですね」
「えぇ。しかし怪我をしているようなので、今から医務室にお連れするところです」
私を抱えていることを気にする様子もなく、普段と変わらぬ口調で話すシグルド。
「分かったから、ちゃんと手当するから降ろして」
顔に熱が集中していく。
なかなか降ろしてもらえず、手足をばたつかせて抵抗するが、まったく効果はないらしい。
「さっきからこの調子なんですよ。城の中で迷子になったことがよほど恥ずかしいようです」
「は?」
私は動きをピタリと止めた。
誰が城の中で迷子になったって?
シグルドの言っていることがよくわからず目で訴えかけると、彼は耳元で囁いた。
――僕に合わせて下さい。
どういう意味が込められているのか理解できなかったが、自分のとるべき態度は分かった。
「もう、それは言わないでって言ったでしょ!」
「すみません、つい口が滑ってしましました」
シグルドは笑いながらそう言った。
「そうだったんですか。みんな心配していましたから、僕はヒメカ様が見つかったことを報告してきます。失礼します!」
彼は一礼し、そのまま駆け足で去って行った。
その後ろ姿を見送った後、視線をシグルドへと移す。
「――で、今の小芝居にはどういう意味があったの?」
降ろしてもらうことをあきらめた私は、シグルドの腕の中から問いかけた。
「それは……」
シグルドは左右に視線をやった後、
「医務室に着いてから説明します」
そう言って、再び歩き出した。
シグルドは慣れた手つきで手綱を操り、馬を動かしてゆく。
「ヒメカ様、ここからは少し走らせますからしっかりつかまっていて下さい」
「え? どうして?」
「ヒメカ様が城の外に出ていたとバレればおおごとになります。すばやく城の中に戻るためには、あまりモタモタもしていられません」
徐々に揺れが大きくなり、振り落とされそうになる。私は必死でシグルドにしがみついた。
馬は正門の方向には向かわず、城壁に沿って駆けていく。
「裏から入りますよ」
裏にだって人はいるだろうに。
しかし予想とは違い、シグルドが馬を止めたところに人はいなかった。――門もなかった。
「シグルド……これ、何?」
「扉です」
「それは分かってるけど……」
目の前にあるのは、金属製の重そうな扉。日常の出入りに利用するような扉には、到底見えない。囚人を閉じ込めておく部屋を連想させるものだ。
「ここから入るの?」
「えぇ」
もしかして、私閉じ込められるの……?
たしかに、お仕置きをされても仕方ないような事をやらかした自覚はあるけれど、いくらなんでもこれはイヤだ。
シグルドは古めかしい鍵を取り出し、扉の穴に入れた。カチャリと鍵の外れる音がした。
「どうぞ」
扉の向こうには――緑が広がっていた。
「……え?」
頭の中に浮かんでいた冷たい牢獄は影も形もなく、穏やかな芝生が続いている。
「どうかしましたか?」
「牢獄が……ない」
「牢獄? いったい何を言っているんですか?」
「だって、あんな頑丈にできた扉だったから……」
考えていたことを説明すると、シグルドはぷっと吹き出した。
「僕がヒメカ様にそんなことするわけないじゃないですか。この扉は非常用の出入り口ですよ」
そのまま中に入って行ってしまったシグルドの後に私も続く。
シグルドは扉を開けた時と同じ鍵を使って施錠した。
……あれ?
「この扉って内側からも鍵を使うの?」
「普段は出入り禁止ですから。この鍵を持っているのもごく一部の人間だけです」
どうりで見張りもいないわけだ。開かない扉なら壁と同じだ。
シグルドは馬をこっそりと戻し、そのまま城内に入った。
「ここまで来ればもう見つかっても構わないでしょう」
城の中に入るまでに他の人間に見つかるようなことはなかった。無事に部屋まで戻れそうだ。
私が部屋に向かおうとすると、腕をしっかりつかまれた。
「どうしたの?」
「それはこちらのセリフです。どこへ行くつもりなんですか?」
「どこって……部屋に戻るんだけど」
シグルドは私の体を眺めた後、露骨にため息をついた。
「その状態で、ですか?」
土で汚れた騎士服、ボサボサの髪の毛。確かにため息を吐かれるほどみっともない格好ではある。
しかし、今すぐどうにかできるものでもない。
「部屋に戻ったら着替えるつもりだけど?」
「服のことではありません。ココと……あとその足のことを言っているんです」
不意にシグルドの手が伸びてきて、私の首に触れた。
「なにがあったかは知りませんが、怪我をしているじゃないですか。着替えよりも手当が先です」
指摘されてようやく思い出した。あの怪しい兵士に切られたことを。
血が乾いてしまったためか、今は痛みもなにも感じない。そもそもそんなに大きな怪我ではないはずだ。
「大丈夫だよ。それより着替え」
「いーえ、怪我の手当てが最優先です」
私の言い分を聞く気はないらしく、そのまま私の腕を掴んで歩き出した。
「ちょ……ちょっと!」
「仕方ありませんね……」
「えッ! なにを……ッ!」
シグルドは手を離したかと思うと、そのまま私の膝裏に手を差し込んで持ち上げた。俗に言う『お姫様だっこ』というやつだ。
「降ろして、シグルド! 自分で歩けるから」
廊下を曲がったところで、シグルドと(今の私とも)同じ騎士服を着た人に出会った。私たちを見て驚いた表情になる。
「ヒメカ様! それにシグルド殿も……無事だったんですね」
「えぇ。しかし怪我をしているようなので、今から医務室にお連れするところです」
私を抱えていることを気にする様子もなく、普段と変わらぬ口調で話すシグルド。
「分かったから、ちゃんと手当するから降ろして」
顔に熱が集中していく。
なかなか降ろしてもらえず、手足をばたつかせて抵抗するが、まったく効果はないらしい。
「さっきからこの調子なんですよ。城の中で迷子になったことがよほど恥ずかしいようです」
「は?」
私は動きをピタリと止めた。
誰が城の中で迷子になったって?
シグルドの言っていることがよくわからず目で訴えかけると、彼は耳元で囁いた。
――僕に合わせて下さい。
どういう意味が込められているのか理解できなかったが、自分のとるべき態度は分かった。
「もう、それは言わないでって言ったでしょ!」
「すみません、つい口が滑ってしましました」
シグルドは笑いながらそう言った。
「そうだったんですか。みんな心配していましたから、僕はヒメカ様が見つかったことを報告してきます。失礼します!」
彼は一礼し、そのまま駆け足で去って行った。
その後ろ姿を見送った後、視線をシグルドへと移す。
「――で、今の小芝居にはどういう意味があったの?」
降ろしてもらうことをあきらめた私は、シグルドの腕の中から問いかけた。
「それは……」
シグルドは左右に視線をやった後、
「医務室に着いてから説明します」
そう言って、再び歩き出した。
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