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4.噂の恋人
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「おい、聞いたかよ。……ほら」
「あぁ、例の噂だろ?」
「なんであんな美少女がって感じ……。あーあ、信じらんねーよ」
なんか、学校が騒がしい。
異変を感じたのは昇降口に着いた時だ。……男子どもが心なしそわそわしてるような。
女子とは違い、男子生徒がこそこそと噂話をするというのはあまりない。だから現在の、ところかしこでそんな姿が見られる状況は異常だった。
「麻美っ!」
「……咲弥?」
階段を上りきり、教室へ向かおうと廊下を曲がった時、咲弥が小走りに向かってきた。
「ちょっと、廊下は走らないでよ。あんた、ただでさえ身体が大きくて危ないんだから」
「それどころじゃねぇって!」
いつもなら、それどころって何!? って言い返すところなんだけど、今はそういう気になれない。
咲弥はあまり見せない強張った顔で、私を見ていたのだ。
「落ち着いて、聞け」
「…………なに?」
「真田に彼女ができたって噂になってる」
「は?」
「相手は鴨川美佳っていう一年の女子だ」
「……」
空っぽの言葉だけが思考を横切り、意味を理解させてくれなかった。ぐるぐると、三回ほど言葉を再生してようやく意味を捕まえる。そして生まれたのは一つの疑問。
なんで?
なんで?
なんで、このタイミングで? 真田くん、私が真田くんのこと好きなの知ってるのに……?
「おい、しっかりしろって!」
「だ、だって……」
苦しい? 痛い? 重い? どんな形容をすればいいのか分からない。……けど、この感情が負からできてることだけは分かった。
「……ハッ」
「麻美、何笑って……」
辛い……けど、この気持ちが薬のせいだと思うと、落ち込むのが馬鹿馬鹿しい。
「いやー、なんか色々通り越して笑えた。……ていうか、それをわざわざ言いに来たの?」
「……教室でお前が今みたいな顔してたら、また別の噂が生まれて大変だろ」
「……」
友達に見られでもすれば、一目で傷ついているのが分かってしまう顔。真田くんに彼女ができたと聞いた時に、私はきっとそんな顔をしていた。
「……ありがと」
「素直な麻美、気持ちわりぃ」
「気持ち悪いってどういう意味よっ!」
そっぽを向いた咲弥の足を軽く蹴飛ばす。
「いった! 何すんだ!」
「気持ち悪いなんて言うからでしょ!」
心はまだ少し痛むけど、さっきよりもずっと楽になっていた。
なんなんだろう。このメンツ。
理科室の机を四人で囲む。私と咲弥と真田くんと……見たことない女の子。小さな顔に大きな瞳を持つ、女の子らしい女の子。鬼って言われる私とはえらい違いだ。
たぶん……ううん、確実に噂の彼女なんだろうな。真田くんの方に席を寄せて、腕に抱きついてるんだもん。絶対、そう。
二人を視界に入れたくなくて、隣に座っている咲弥を見た。
「で、私達を集めて何が話したかったの? 咲弥」
この四人で理科室に集まることになったのは、咲弥が集合をかけたからだ。
難しい顔をして腕を組んでいる咲弥は、低い声を発した。
「その前に……なんだ、あんたは?」
目つきが極悪だ。
けどその視線を受けることになった女の子は、咲弥に柔らかい笑みを返すだけで、さほど気にした様子もなく口を開いた。
「初めまして、先輩方。わたし、聖先輩の彼女で、鴨川美佳といいます」
「んなことは分かってんだよ! なんでここにいるのかを聞いてんだ!」
「あら? わたし先輩に会ったことありましたっけ?」
はぁー、と盛大にため息を吐いた咲弥は不機嫌な様子のまま鴨川さんに向かって言う。
「会わなくても分かるわっ! ……なにせ噂になるほどの絶世の美少女様だからなっ!」
「あらあら! 嬉しいです、そんな風に言ってもらえるなんて! でも……ごめんなさい。わたしはもう聖先輩のものなんです」
ほおを染めた顔に幸せそうな笑みを浮かべ、真田くんにさらにぎゅっと身を寄せた。
「あんたが何者でもいい。だが、どうしてここにいるんだ? 俺は真田だけに声をかけたんだぞ」
「そうそう、それです! 酷いですよー、わたしと聖先輩のラブラブタイムを奪おうとするなんて!」
ねー、と真田くんに同意を求める姿が胸に痛みを与えてくる。胸元を握った手で押さえ、じっと耐えた。
「用事があったから呼んだんだよ! 関係ない奴は帰れ!」
「待ってくれ。伊坂の用事によっては彼女も関係者かもしれない」
その言葉に、私は真田くんを再び視界に収めた。隣に座る鴨川さんをできるだけ意識しないようにして。
「伊坂の用件はだいたい想像が付く。なんで僕が鴨川さんと付き合い始めたのか、だろ?」
「……あぁ、そうだよ」
「彼女が僕の作った惚れ薬を飲んだからなんだ」
…………は?
真田くんが言っていることが分からなくて、思わず咲弥に視線で説明を求めた。が、無駄だった。咲弥も私と同じく、口をあんぐりと開けたまま固まっていた。
「そ、そういうことか。麻美が惚れ薬を吸ったのは、真田が惚れ薬を作ってたからだもんな。そりゃあ惚れ薬のターゲットの女がいるわな。あー、なんで気づかなかったんだ」
……そっか。真田くんは鴨川さんが好きなんだ。だから――。
「早合点されると困る。僕は確かに鴨川さんに薬を飲ませたけど、それは鴨川さんが望んだからだよ」
「…………どういう状況だよ、それ」
惚れ薬って普通、他人に惚れられたいから使うんだよね。惚れたくて使うなんて聞いたことないし、意味がわかんない。
……意味は分からなかったけど、私は密かに次の言葉に期待していた。もしかしたら、真田くんが鴨川さんを好き、という以外の答えがあるかもしれないのだから。
「聖先輩」
鴨川さんが何か含みのありそうな声音で真田くんに呼びかけた。
それを拒否するように、真田くんは首を横に振る。
「茂木さんを巻き込んでいる以上、僕にはことの経緯を説明する責任がある。それに同じ薬を服用している茂木さんの協力があれば、解毒剤だって作りやすくなるでしょう?」
真田くんが言い聞かせると、鴨川さんはあまり納得していない顔をしながらも小さく頷いた。
真田くんは体ごと私と咲弥の方を向き、話し始めた。
「そもそも僕が惚れ薬を作っていたのは、鴨川さんに依頼されたからなんだ。科学部の僕なら惚れ薬も作れると思ったらしい」
……鴨川さんって頭悪い?
「お前、馬鹿なのか?」
私が心でこっそり思っていたことを、咲弥が直球で尋ねていた。
「心外です! 科学に詳しい聖先輩なら、作れるかもしれないって思うじゃないですか!」
「いや、もうその考え方自体が馬鹿だろ!」
「馬鹿馬鹿って……現にわたしや茂木先輩に効果が出てるじゃないですか!」
確かにそうなのだけど。
「それにしても、惚れ薬って……。よくそんなの作ってもらおうと思ったわね」
私がそう言うと、鴨川さんは足元に置いてあった自分の鞄を漁り、一冊の本を取り出した。得意気な顔でこっちに向けてくる。
「これに書いてあって、ピンと来たんです!」
「……なになに? いちゅうのかれを、らぶまじっくでめろめろに……?」
顔から変な汗が出た。
『意中の彼をラブマジックでメロメロに!』
読んだだけで恥ずかしくなるタイトルが、むせ返りそうな濃いピンクで彩られている。
……これおまじないの本だよね、小学生とかが読む。
「これに作り方が書いてあったんで、聖先輩にお願いしたんです」
「……お前、すごいな」
咲弥が真田くんに向かってしみじみ言った。
「なんでこんな本から本物の薬が作れんだよ?」
「僕だって作れるなんて思ってなかったさ。そもそも人間が恋愛をするメカニズムだって解明されてないんだから、惚れ薬なんて作れっこない……。けど断っても断っても、鴨川さんがどうしてもって言うからヤケになって書いてある通りにやってみただけだよ」
なんだか真田くんの態度が冷たいっていうか、淡白っていうか……もしかして……。
「つーか待て。一つ確認させろ。真田、お前は好きで鴨川と付き合ってんだよな?」
「それは」
真田くんの視線が自分の腕を掴んでいる鴨川さんへと向いた。彼女の顔に何を感じたのか、真田くんはため息を吐き出した。
「僕が付き合っている理由は約束と責任だよ。薬を作る前に約束したんだ。薬は最初に鴨川さんが自分で試すこと」
「試した結果、わたしが聖先輩を好きになるようなことがあれば効果が切れるまで付き合うこと」
真田くんから言葉を引継いだ鴨川さんが、まるで契約書を読み上げるかのように淡々と言った。
ふと、心が軽くなる。
……良かった。
彼女の一言に、安心している自分がいた。良かった、真田くんは鴨川さんのことが好きなわけじゃないんだ、と。
浅ましいな。理由はどうあれ、真田くんと鴨川さんが付き合ってるのには変わりない。割って入れるわけもないのに、真田くんの気持ちが鴨川さんに向いていないことが嬉しかった。
「……なるほどな。だから麻美が自分に惚れてると知りながらも、このタイミングで付き合い始めたのか」
「そう。僕が鴨川さんと約束したのは茂木さんにも惚れ薬が効いてると分かる前だったからね。……本当だったら付き合うよりも先に茂木さんには説明をしようと思ってたんだ。惚れ薬が理由とはいえ、茂木さんは僕に恋しているわけだからね。何も言わずに別の人と付き合い始めたら気分悪いだろうし。けど上手く出来なかった」
「私が風邪で休んでたから?」
「うん、だから遅くなっちゃって……あ、その件についても謝らないとね。風邪引いたのも、僕の短絡的な行動が原因でしょ? 本当に何から何まで迷惑をかけ通しで、ごめん」
「ううん、いいの」
不思議だった。今までぺしゃんこに潰れていた気持ちが、風船に空気を送り込んだみたいにみるみる膨らんでいく。
真田くんはちゃんと私のことを考えてくれてた。惚れ薬で好きになってるだけなのに、そんな私の気持ちまで汲んでくれるなんて……!
どうしよう、また真田くんの良いとこ見つけちゃった。どんどん好きになるのに比例して胸の痛みも増していく。
絶対に報われない。分かっていても膨らむ気持ちをどうすることも出来なかった。
「あぁ、例の噂だろ?」
「なんであんな美少女がって感じ……。あーあ、信じらんねーよ」
なんか、学校が騒がしい。
異変を感じたのは昇降口に着いた時だ。……男子どもが心なしそわそわしてるような。
女子とは違い、男子生徒がこそこそと噂話をするというのはあまりない。だから現在の、ところかしこでそんな姿が見られる状況は異常だった。
「麻美っ!」
「……咲弥?」
階段を上りきり、教室へ向かおうと廊下を曲がった時、咲弥が小走りに向かってきた。
「ちょっと、廊下は走らないでよ。あんた、ただでさえ身体が大きくて危ないんだから」
「それどころじゃねぇって!」
いつもなら、それどころって何!? って言い返すところなんだけど、今はそういう気になれない。
咲弥はあまり見せない強張った顔で、私を見ていたのだ。
「落ち着いて、聞け」
「…………なに?」
「真田に彼女ができたって噂になってる」
「は?」
「相手は鴨川美佳っていう一年の女子だ」
「……」
空っぽの言葉だけが思考を横切り、意味を理解させてくれなかった。ぐるぐると、三回ほど言葉を再生してようやく意味を捕まえる。そして生まれたのは一つの疑問。
なんで?
なんで?
なんで、このタイミングで? 真田くん、私が真田くんのこと好きなの知ってるのに……?
「おい、しっかりしろって!」
「だ、だって……」
苦しい? 痛い? 重い? どんな形容をすればいいのか分からない。……けど、この感情が負からできてることだけは分かった。
「……ハッ」
「麻美、何笑って……」
辛い……けど、この気持ちが薬のせいだと思うと、落ち込むのが馬鹿馬鹿しい。
「いやー、なんか色々通り越して笑えた。……ていうか、それをわざわざ言いに来たの?」
「……教室でお前が今みたいな顔してたら、また別の噂が生まれて大変だろ」
「……」
友達に見られでもすれば、一目で傷ついているのが分かってしまう顔。真田くんに彼女ができたと聞いた時に、私はきっとそんな顔をしていた。
「……ありがと」
「素直な麻美、気持ちわりぃ」
「気持ち悪いってどういう意味よっ!」
そっぽを向いた咲弥の足を軽く蹴飛ばす。
「いった! 何すんだ!」
「気持ち悪いなんて言うからでしょ!」
心はまだ少し痛むけど、さっきよりもずっと楽になっていた。
なんなんだろう。このメンツ。
理科室の机を四人で囲む。私と咲弥と真田くんと……見たことない女の子。小さな顔に大きな瞳を持つ、女の子らしい女の子。鬼って言われる私とはえらい違いだ。
たぶん……ううん、確実に噂の彼女なんだろうな。真田くんの方に席を寄せて、腕に抱きついてるんだもん。絶対、そう。
二人を視界に入れたくなくて、隣に座っている咲弥を見た。
「で、私達を集めて何が話したかったの? 咲弥」
この四人で理科室に集まることになったのは、咲弥が集合をかけたからだ。
難しい顔をして腕を組んでいる咲弥は、低い声を発した。
「その前に……なんだ、あんたは?」
目つきが極悪だ。
けどその視線を受けることになった女の子は、咲弥に柔らかい笑みを返すだけで、さほど気にした様子もなく口を開いた。
「初めまして、先輩方。わたし、聖先輩の彼女で、鴨川美佳といいます」
「んなことは分かってんだよ! なんでここにいるのかを聞いてんだ!」
「あら? わたし先輩に会ったことありましたっけ?」
はぁー、と盛大にため息を吐いた咲弥は不機嫌な様子のまま鴨川さんに向かって言う。
「会わなくても分かるわっ! ……なにせ噂になるほどの絶世の美少女様だからなっ!」
「あらあら! 嬉しいです、そんな風に言ってもらえるなんて! でも……ごめんなさい。わたしはもう聖先輩のものなんです」
ほおを染めた顔に幸せそうな笑みを浮かべ、真田くんにさらにぎゅっと身を寄せた。
「あんたが何者でもいい。だが、どうしてここにいるんだ? 俺は真田だけに声をかけたんだぞ」
「そうそう、それです! 酷いですよー、わたしと聖先輩のラブラブタイムを奪おうとするなんて!」
ねー、と真田くんに同意を求める姿が胸に痛みを与えてくる。胸元を握った手で押さえ、じっと耐えた。
「用事があったから呼んだんだよ! 関係ない奴は帰れ!」
「待ってくれ。伊坂の用事によっては彼女も関係者かもしれない」
その言葉に、私は真田くんを再び視界に収めた。隣に座る鴨川さんをできるだけ意識しないようにして。
「伊坂の用件はだいたい想像が付く。なんで僕が鴨川さんと付き合い始めたのか、だろ?」
「……あぁ、そうだよ」
「彼女が僕の作った惚れ薬を飲んだからなんだ」
…………は?
真田くんが言っていることが分からなくて、思わず咲弥に視線で説明を求めた。が、無駄だった。咲弥も私と同じく、口をあんぐりと開けたまま固まっていた。
「そ、そういうことか。麻美が惚れ薬を吸ったのは、真田が惚れ薬を作ってたからだもんな。そりゃあ惚れ薬のターゲットの女がいるわな。あー、なんで気づかなかったんだ」
……そっか。真田くんは鴨川さんが好きなんだ。だから――。
「早合点されると困る。僕は確かに鴨川さんに薬を飲ませたけど、それは鴨川さんが望んだからだよ」
「…………どういう状況だよ、それ」
惚れ薬って普通、他人に惚れられたいから使うんだよね。惚れたくて使うなんて聞いたことないし、意味がわかんない。
……意味は分からなかったけど、私は密かに次の言葉に期待していた。もしかしたら、真田くんが鴨川さんを好き、という以外の答えがあるかもしれないのだから。
「聖先輩」
鴨川さんが何か含みのありそうな声音で真田くんに呼びかけた。
それを拒否するように、真田くんは首を横に振る。
「茂木さんを巻き込んでいる以上、僕にはことの経緯を説明する責任がある。それに同じ薬を服用している茂木さんの協力があれば、解毒剤だって作りやすくなるでしょう?」
真田くんが言い聞かせると、鴨川さんはあまり納得していない顔をしながらも小さく頷いた。
真田くんは体ごと私と咲弥の方を向き、話し始めた。
「そもそも僕が惚れ薬を作っていたのは、鴨川さんに依頼されたからなんだ。科学部の僕なら惚れ薬も作れると思ったらしい」
……鴨川さんって頭悪い?
「お前、馬鹿なのか?」
私が心でこっそり思っていたことを、咲弥が直球で尋ねていた。
「心外です! 科学に詳しい聖先輩なら、作れるかもしれないって思うじゃないですか!」
「いや、もうその考え方自体が馬鹿だろ!」
「馬鹿馬鹿って……現にわたしや茂木先輩に効果が出てるじゃないですか!」
確かにそうなのだけど。
「それにしても、惚れ薬って……。よくそんなの作ってもらおうと思ったわね」
私がそう言うと、鴨川さんは足元に置いてあった自分の鞄を漁り、一冊の本を取り出した。得意気な顔でこっちに向けてくる。
「これに書いてあって、ピンと来たんです!」
「……なになに? いちゅうのかれを、らぶまじっくでめろめろに……?」
顔から変な汗が出た。
『意中の彼をラブマジックでメロメロに!』
読んだだけで恥ずかしくなるタイトルが、むせ返りそうな濃いピンクで彩られている。
……これおまじないの本だよね、小学生とかが読む。
「これに作り方が書いてあったんで、聖先輩にお願いしたんです」
「……お前、すごいな」
咲弥が真田くんに向かってしみじみ言った。
「なんでこんな本から本物の薬が作れんだよ?」
「僕だって作れるなんて思ってなかったさ。そもそも人間が恋愛をするメカニズムだって解明されてないんだから、惚れ薬なんて作れっこない……。けど断っても断っても、鴨川さんがどうしてもって言うからヤケになって書いてある通りにやってみただけだよ」
なんだか真田くんの態度が冷たいっていうか、淡白っていうか……もしかして……。
「つーか待て。一つ確認させろ。真田、お前は好きで鴨川と付き合ってんだよな?」
「それは」
真田くんの視線が自分の腕を掴んでいる鴨川さんへと向いた。彼女の顔に何を感じたのか、真田くんはため息を吐き出した。
「僕が付き合っている理由は約束と責任だよ。薬を作る前に約束したんだ。薬は最初に鴨川さんが自分で試すこと」
「試した結果、わたしが聖先輩を好きになるようなことがあれば効果が切れるまで付き合うこと」
真田くんから言葉を引継いだ鴨川さんが、まるで契約書を読み上げるかのように淡々と言った。
ふと、心が軽くなる。
……良かった。
彼女の一言に、安心している自分がいた。良かった、真田くんは鴨川さんのことが好きなわけじゃないんだ、と。
浅ましいな。理由はどうあれ、真田くんと鴨川さんが付き合ってるのには変わりない。割って入れるわけもないのに、真田くんの気持ちが鴨川さんに向いていないことが嬉しかった。
「……なるほどな。だから麻美が自分に惚れてると知りながらも、このタイミングで付き合い始めたのか」
「そう。僕が鴨川さんと約束したのは茂木さんにも惚れ薬が効いてると分かる前だったからね。……本当だったら付き合うよりも先に茂木さんには説明をしようと思ってたんだ。惚れ薬が理由とはいえ、茂木さんは僕に恋しているわけだからね。何も言わずに別の人と付き合い始めたら気分悪いだろうし。けど上手く出来なかった」
「私が風邪で休んでたから?」
「うん、だから遅くなっちゃって……あ、その件についても謝らないとね。風邪引いたのも、僕の短絡的な行動が原因でしょ? 本当に何から何まで迷惑をかけ通しで、ごめん」
「ううん、いいの」
不思議だった。今までぺしゃんこに潰れていた気持ちが、風船に空気を送り込んだみたいにみるみる膨らんでいく。
真田くんはちゃんと私のことを考えてくれてた。惚れ薬で好きになってるだけなのに、そんな私の気持ちまで汲んでくれるなんて……!
どうしよう、また真田くんの良いとこ見つけちゃった。どんどん好きになるのに比例して胸の痛みも増していく。
絶対に報われない。分かっていても膨らむ気持ちをどうすることも出来なかった。
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