愛華薔薇学園恋事情

月宮明理

文字の大きさ
上 下
20 / 36
第五章 恋と友情の鎖

第二十話 乙女心はままならない

しおりを挟む
 放課後恒例の生徒たちとの談笑がひと区切り付き、芹香は適当な空き教室で休憩を取ることにした。引き上げ時にちょうど玲音と鉢合わせ、休憩を一緒に過ごすことになった。
 電気を点けると生徒に見つかってしまう可能性があるので、教室内は少し薄暗い。
 廊下を歩いていた時には微笑みを浮かべていた玲音が椅子に座った途端、大きく息を吐いて顔を歪めた。あまりにも分かりやすい態度に、芹香から苦笑が零れる。

「まだ真愛と仲直りしてないの?」
「……そもそも喧嘩をしているわけじゃない」
「それでも顔合わせない、口きかないを続けてんなら同じじゃないか。真愛の方も気にしてるみたいだし、玲音の方から歩み寄ってあげなよ」
「なんで俺が……」
「す……大切なんでしょ、真愛のこと」

 好きなんでしょ、とは言えなかった。
 口を閉ざして考え込んだ玲音はおもむろに机に伏し、顔を少しだけ横に向けた。その顔は少し悲しそうに見える。
 真愛を想い、悩む玲音を見ると、やはり胸がチクリと痛む。けれど略奪をしようなどとは思えない。真愛の気持ちも、玲音の気持ちも知っていて、そこに隙はないのだ。中途半端に気持ちを伝えて友情を壊してしまうくらいなら、二人の間を取り持つ最高の友人になりたかった。
 仲直りの後押しのために言葉を続けようとした時、芹香が言うより早く玲音が口を開いた。

「そうだな、真愛は大切な幼馴染だ。それは互いの一番大切な人が誰であろうと変わらない」

 うん、と大きく頷く玲音に安心感を抱いた。本当に本心から、二人が仲良くしていくのを祝福できる。

「そうだよ。玲音や真愛がそれぞれ誰を一番に思ってたっ……て……あれ?」

 なんだか重要な台詞をスルーしていたようだ。脳内で反復して意味を捕まえた瞬間、芹香は椅子をひっくり返して立ち上がった。

「今なんてったっ?」
「なにをそんなに驚いてるんだ。こっちが驚くぞ」
「驚くよ! 驚くに決まってる! 今のどういう意味なのさ!」

 興奮した芹香の声は次第に大きくなっていく。

「うるさい。……真愛の一番大切な奴が俺じゃなくなって、俺の一番大切な奴も真愛じゃなくなったって意味だ。けど、そんなの関係ないな。別に一番じゃなくたって」
「な、に、言ってんだよ」

 そう言った芹香の声はもう大きくなかった、しかし怒りと悲しみに震えるそれは室内に響き、静寂をもたらした。

「なんでそんなこと言うんだよ。玲音は真愛のことが好きなんだろ。なんで、そんな……」

 真愛に勝てないのは分かりきっていた、真愛が玲音の彼女になるのなら心から祝福できる。そう思っていた。真愛が相手だから諦めることができたのに!

「諦められなくなる……」

 真愛が相手でなければ、もしかしたら自分でも玲音の横に立てるだろうか、と弱い希望の光に縋ってしまう。

「芹香」

 温かみのある低い声で呼ばれ、顔を上げると、思いのほか玲音の顔が近くにあった。

「そんな可愛いこと言われたら、期待したくなるだろう」

 真剣な顔をした玲音にそっと頬を撫でられて、芹香は思わず仰け反った。触れられた部分が熱い。
 まるで逃がさないとでも言うかのように、離れた芹香を追って玲音は立ち上がった。
 並の男子よりやや身長のある芹香だが、玲音と並ぶと頭半分ほど低い。少し上にある玲音の顔を見上げると、そこには今まで決して向けられることのなかった熱の籠った眼差しがあった。
 鼓動が加速する。芹香の全身が喜びに震えていた。本能が雄叫びを上げている。
 今なら捕まえられる。手を伸ばせば届くところに大好きな人がいる。
 このままつき進むだけで、玲音が自分のものになる。だというのに――。
 ――本当にいいの?
 一滴の理性が芹香の思考に流れ込み、猛る本能を押し止めて意志を呼び戻した。冷静な頭で、もう一度玲音と見つめ合う。
 宇宙のように黒く深い瞳。熱をもって輝く瞳は、どんな高価な宝石よりも美しく魅力的に思えた。けれど。

「え……」

 熱をもった黒の奥に、わずかな淀みを捉えた。よく覗き込まなければ気付かないほどの、小さな異物。
 それがなんなのか、芹香は一瞬で理解した。
 あの赤い髪の悪魔が掛けた魔法の証拠だった。それに気付いてしまったら、罪悪感を感じずにはいられない。芹香は彼に協力しているのだから。

(魔法の効果なんだね……)

 悪魔に脅迫をもって協力を迫られた芹香は、その要求を呑んだ。とどのつまり、脅しに屈したのだ。
 芹香の弱みに付け込んだ悪魔は、魔法についてこう説明した。
 ――一番好きな相手と二番目に好きな相手を入れ替え、この学校を混乱させる。
 目の前で起こる異常な状況が腑に落ちた。玲音は魔法に掛かっている。
 魔法に掛かるというのは風邪を引くようなものだ。体力の落ちた人が風邪を引きやすいように、精神的に弱っている人が魔法に掛かる。
 この前の魔法の時は玲音に異変は見られなかったのに。今度の魔法の方が強力だからなのか、それとも玲音の精神が弱っていたからなのか。

「芹香」

 いつもとは違う声音で呼ばれ、嬉しくて耳を塞ぎたくなった。これ以上まやかしの態度に舞い上がりたくない。

「……玲音」

 どうしたら正気に戻せる? 元の玲音を呼び戻したくて呼んだ声に、なにを勘違いしたのか玲音は嬉々として近づいてくる。近すぎる距離に戸惑い、芹香は身を引こうとしたのだが。

「逃がさない」

 両腕をしっかりと掴まれてしまい、それは叶わなかった。

「れ、玲音…………えっ!」

 身体が重くなった。力が入らない。突然の異変に、玲音に向けていた視線を下げて己の身体を顧みて、驚きで声を失った。

「……っ!」

 身体から流れ出る青白い霧。芹香の中にあった魔力が、本人の意志とは関係なく放出されていた。青白い色をした霧が一様に同じ方向へと――玲音の身体へと流れている。

(魔力が吸われてる?)

 力が抜けていく中、芹香は的確に状況を理解していた。自分の魔力が玲音に吸われているのだ。
 意識はどんどん白んでいき、身体からは感覚が無くなっていく。身体がどんどん動かなくなっていく中、芹香は最後の力で声を絞り出した。

「……れ、お……。あ、く……ま……?」

 玲音は悪魔なのだろうか?
 ほとんど動かない唇でそう残し、芹香は意識を手放した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

美形揃いの王族の中で珍しく不細工なわたしを、王子がその顔で本当に王族なのかと皮肉ってきたと思っていましたが、実は違ったようです。

ふまさ
恋愛
「──お前はその顔で、本当に王族なのか?」  そう問いかけてきたのは、この国の第一王子──サイラスだった。  真剣な顔で問いかけられたセシリーは、固まった。からかいや嫌味などではない、心からの疑問。いくら慣れたこととはいえ、流石のセシリーも、カチンときた。 「…………ぷっ」  姉のカミラが口元を押さえながら、吹き出す。それにつられて、広間にいる者たちは一斉に笑い出した。  当然、サイラスがセシリーを皮肉っていると思ったからだ。  だが、真実は違っていて──。

討妖の執剣者 ~魔王宿せし鉐眼叛徒~ (とうようのディーナケアルト)

LucifeR
ファンタジー
                その日、俺は有限(いのち)を失った――――  どうも、ラーメンと兵器とHR/HM音楽のマニア、顔出しニコ生放送したり、ギャルゲーサークル“ConquistadoR(コンキスタドール)”を立ち上げたり、俳優やったり色々と活動中(有村架純さん/東山紀之さん主演・TBS主催の舞台“ジャンヌダルク”出演)の中学11年生・LucifeRです!  本作は“小説カキコ”様で、私が発表していた長編(小説大会2014 シリアス・ダーク部門4位入賞作)を加筆修正、挿絵を付けての転載です。  作者本人による重複投稿になります。 挿絵:白狼識さん 表紙:ラプターちゃん                       † † † † † † †  文明の発達した現代社会ではあるが、解明できない事件は今なお多い。それもそのはず、これらを引き起こす存在は、ほとんどの人間には認識できないのだ。彼ら怪魔(マレフィクス)は、古より人知れず災いを生み出してきた。  時は2026年。これは、社会の暗部(かげ)で闇の捕食者を討つ、妖屠たちの物語である。                      † † † † † † †  タイトル・・・主人公がデスペルタルという刀の使い手なので。  サブタイトルは彼の片目が魔王と契約したことにより鉐色となって、眼帯で封印していることから「隻眼」もかけたダブルミーニングです。  悪魔、天使などの設定はミルトンの“失楽園”をはじめ、コラン・ド・プランシーの“地獄の事典”など、キリス〇ト教がらみの文献を参考にしました。「違う学説だと云々」等、あるとは思いますが、フィクションを元にしたフィクションと受け取っていただければ幸いです。  天使、悪魔に興味のある方、厨二全開の詠唱が好きな方は、良かったら読んでみてください! http://com.nicovideo.jp/community/co2677397 https://twitter.com/satanrising  ご感想、アドバイス等お待ちしています! Fate/grand orderのフレンド申請もお待ちしていますw ※)アイコン写真はたまに変わりますが、いずれも本人です。

彼女は彼の運命の人

豆狸
恋愛
「デホタに謝ってくれ、エマ」 「なにをでしょう?」 「この数ヶ月、デホタに嫌がらせをしていたことだ」 「謝ってくだされば、アタシは恨んだりしません」 「デホタは優しいな」 「私がデホタ様に嫌がらせをしてたんですって。あなた、知っていた?」 「存じませんでしたが、それは不可能でしょう」

婚約者とその幼なじみの距離感の近さに慣れてしまっていましたが、婚約解消することになって本当に良かったです

珠宮さくら
恋愛
アナスターシャは婚約者とその幼なじみの距離感に何か言う気も失せてしまっていた。そんな二人によってアナスターシャの婚約が解消されることになったのだが……。 ※全4話。

処理中です...