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第八章 運命叛逆のファイナルリープ
7・刻の間隙/6:05
しおりを挟む『良い目になった。今にも噛みついてきそうな』
「君がそうしたんだ。覚えてないだろうけどね」
顔と顔がくっ付きそうなほどの距離。
睨みつける僕。愉快で堪らないと言った表情のグリード。
全身が痺れてしまいそうな緊張感が周囲を支配していた。
『お前はいつもそうだったんだろうな。どんな絶望でも、必ず跳ね返してきた。だから今、オレの前に立っている。まさに最高の契約者だ』
「食料って意味で?」
『ノー、だ。人間にしておくには勿体無いって意味さ。これだから人間は面白い。生まれて初めてのことなんだぜ? 自分が悪魔である事をこんなに喜ばしいと思ったのは』
悪魔が口角を上げ、笑う。釣られて僕の顔にも笑みが浮かんだ。
『だがどうする。お前の頭上を覆う絶望は未だに振り払われていない。寿命も、着々と近付いているはずだ。もう、打つ手なんざ無いんだろう?』
「それはどうかな?」
自信満々に、言い返す。
虚勢だ。ハッタリだ。勢い任せだ。それでも構いはしない。
か細いながらに、僕は光の道筋を目にした。きっと、道の先に答えがある。
「僕にあってグリードに無いものがたった一つだけある。《取り消した世界の記憶》だ」
《取り消した世界》での九行さんの電話が僕に道を示してくれた。
愛する人の繋がりが、僕に最後の切り札を授けてくれた。
後は、間違えることなく辿って行けばいい。
答えはもう、僕の中にある。
「グリード。君は僕の事を尊敬していると言ったね。実は、僕もなんだ」
『そんな事は言われなくなって分かっているさ。何のためにオレが今までお前の力になってきたと思っている』
「そう。全て僕を操る為の計算だった。尊敬してるのは、そこだよ。信じられないほどの頭の切れ。人を手玉に取る技術。きっと君は僕の心の何もかもを見透かしてるんだろう」
騙すためとは言え、彼はある意味では最高の理解者だった。
何を言えば、僕がどう考えるかと言う事までも完全に計算しつくしていたのだろう。
「《だからこそ、腑に落ちない部分がある》」
何もかも見透かしたように動いてきたからこそ、疑問に思う点。
「《どうして、今のタイミングで真実を告げたんだ》?」
『……もちろん、今が効果的だと思ったからだ』
いけしゃあしゃあとグリードが言い放つ。
この期に及んでまだ彼は僕を騙すつもりだった。
だが、今なら分かる。言葉の裏に隠された真の意味が。ほんの一瞬、考えるかのように口をつぐんだ理由が。
「また、本音を隠したね。君なら分かってるんだろ? 僕に絶望を与える最高のタイミングは、どう考えても今じゃないって事くらい」
『……だったら、いつなら良いって言うんだ? 教えて貰いたいもんだね』
「間違いなく《家族と九行さんが死んだ後》だ」
確信があった。
残機ゼロ。トリガーを解除する見込みの無い状態での家族の死。その瞬間にグリードの裏切りを語る方が間違いなく僕に最高の絶望を与えるはずだ。
「その為には僕の残機がゼロになった瞬間から真実を告げるまで、無視し続けるべきだった」
家族を救えないまま最後のリセットを行った僕の前にグリードがいない。
縋るものの無い孤独と不安。突然起きる大切な人の死。
そして突然現れ、僕に真実を告げる悪魔。
人の心を操る事に長けた彼が、どうして最大の効果を与える方法を採らなかったのか。
「答えは一つ。《僕に喋りかけないといけない理由があったから》、だよね?」
『馬鹿馬鹿しい。何を言っているんだお前は』
彼の言葉で確信した。糸の様な光が、天を貫く道となったのが確かに分かった。
「だったらはっきり言えば良いじゃないか。『そんな方法があるなんて思わなかった』って。だって、僕なんかよりずっと早く気付いていたんだろ」
彼の護っている《真実》。
隠し通そうとしているアキレス腱。
それは――
「《リセットスイッチにはバグがある》」
口にした瞬間、悪魔の顔色が変わった。今までに見たことのない、狼狽の色だった。
「当たり、だろ?」
『さあ、な』
追及をかわそうとするが、焦りは隠せていなかった。構わず言葉を続ける。
「継続していない記憶。嘘と本音の狭間の言葉。その中にも、いくつか事実があった」
そして、事実と虚飾の隙間に《真実》が隠されていたのだ。僕に絶対に知られる訳にはいかない真実、リセットスイッチのバグが。
「《取り消した世界》でグリードは言ったんだ。『オレはお前がセーブした事さえも知らない』って」
脳をドリルで貫いた後に辿りついた世界で、間違いなく彼が口にした言葉。
「最初は猟奇殺人犯の愛沢に殺されたことによる障害かと思っていた。だけど、違ったんだ。君にはセーブした後の《取り消した世界》での記憶は無いはずなんだから」
気付いただろうか。ここで、一つ疑問が出てくる事に。
「なのに、どうして《君には僕がセーブした瞬間の記憶が無いんだ?》」
セーブ後の記憶が無いのは納得ができる。
だが、セーブしたと言う記憶さえ無いのはどうにもおかしな事だった。
例え僕がアイコンをクリックした瞬間の記憶が無くとも、直前のやり取りや行動から僕がセーブした事は分かるはずなのに。
「答えはさっき言った《契約に起きた予想外の不具合》。それ以外考えられない』
原因は分からない。
だが、事実として不具合は《最初から》起きている事だった。
「ロト6を九行さんと当てようとした時のことだよ」
黙りこむグリードに向かい、淡々と告げる。
「二度目のセーブ。九行さんを救うために何度もリセットする事になったのはよく知っているはずだ」
『《取り消した世界》での出来事を逐一報告してくれるバカがいたからな。よく知っているさ』
「挑発しても無駄だよ」
素っ気なく流し、言葉を続ける。今の僕に安っぽい揺さぶりは通じない。
「《僕は九行さんと電話した後にセーブした》。内容は、兄の夏秋が当選金の受け取りを代行してくれるって連絡」
『ああ、俺も見ていた。お前は腕を切り落としたショックでコールに気付かなかったがな』
「そう。そこが矛盾してるんだ」
グリードの様子に、変化は無い。
気を抜けば意識を失ってしまいそうなほどの緊迫感の中、どこか嬉しそうに僕を見つめていた。
「僕は《リセットする度に、彼女からの電話を受けていた。セーブの前にかかってきたはずの電話を》ね」
つまり――
「僕は《セーブポイントに戻っていた》んじゃなく、《セーブポイントより前に戻っていた》」
『それが……どうした』
「どうしたもこうしたもない。君だって気付いているんだろ?《一つの可能性》に。だから、残機ゼロの僕に孤独を与えず、話しかけた。戻ってきてすぐに絶望を突きつけた」
理由はたった一つ。契約の穴に気付かせないため。
「契約の穴は《時間》。君は時間を稼ぐために僕に話しかけてたんだ」
枕元の携帯電話を引っ掴み、電源を入れる。時計は六時七分を指していた。
新着メール、三件。
「バグによる時差はジャスト三十分。これは僕だけが知っている情報だ。意外と長かったろ?」
僕の記憶が正しければ、セーブしたのは六時十五分。そして、九行さんを助ける為に何度も繰り返した世界でも三十分ほどの《時差》があったはずだ。
彼が隠し通そうとしていたのは、契約の中にぽっかりと空いた《三十分》だった。
「だったら、今僕がリセットしたらどうなると思う?」
『何より可能性が高いのは、五時四十五分に戻ることだろうな』
「そうだね。確かに普通に考えればそうだ。だけどさ、もう一つあるだろ?」
悪魔の余裕が薄れていくのが見てとれた。
演技では無い。彼の本心からの焦りだ。
グリードは今、生まれて初めて《自分の計算を越える出来事》に想像しているのだから。
「僕がセーブしたのは六時十五分。その前に《リセット》すれば、どうなるんだろうね」
『存在そのものの消滅ってのも考えられるな』
悪戯っぽく、悪魔が囁く。
彼の表情の中には焦りと同時に、歓喜の感情も含まれているように見えた。
「いい加減、はぐらかすのは止めなよ。分かってる癖に」
彼は、とっくに気付いていたのだ。
全てを覆す《一つの可能性》に。
だからこそ、隠そうとした。隠し通そうとした。
「最後の可能性。それは《前のセーブポイントに戻る》って事だ」
セーブを行ったのは、六時十五分。その事実の前にリセットするとどうなるか。
答えはやってみなければわからない。だが可能性は存在し、僕には実行する手段があった。
携帯電話を悪魔の前にかざす。
《差出人:夜澤ミライ》《件名:残機数増加の通達》
《本文:エクステンド条件を達成した為、残り人数は5へと回復した。契約者の今後の健闘を祈る》
液晶から放たれる光に悪魔が眉間に皺を寄せ、瞼を細める。
「人は裏切りを、困難を受け入れて強くなる。九行さんの言葉だ」
エクステンド成功。残機数の回復。
僕は、《取り消した世界》で聞いた彼女の言葉に心の奥底から納得した。
人生の壁の一つは、困難を受け入れた上で乗り越える事である事を。
だからこそ、今のタイミングで《エクステンドメール》が届いたのだ。
悪魔に画面を向けたまま画面をフリックし、一件前のメールを表示させる。
「エクステンド条件は《親友の裏切りを受け入れた上で、絶望を跳ね返す》。これが君の掌の上で育ってきた契約者の最後の希望だよ」
『……まさかっ!』
グリードが怯んだ隙に、着信履歴から一つの番号をコール。時間はもう残されていない。
「そのまさかさ。僕は、最後のリセットをする」
『だが、お前が見つけたのはあくまで可能性だ。それに、九行あかりはどうする。もしお前が俺の想像通りの行動を取るのなら、二度と会う事は出来ないんじゃあないのか』
「そんな事は、分かってる」
やけに長く感じるコール音を受けながら、答える。
さすがグリードだ。僕がやろうとしている事などお見通しらしい。
だが、彼の言葉に耳を貸すつもりは無かった。
「僕の隣から、彼女は永久にいなくなる。だけど、失った訳じゃない」
何故なら――
「ここに、いるんだから」
胸を指差し、断言する。
「例え過去が変わっても、出会いが《無かった事》になっても、僕の心は、魂は、彼女の事をずっと刻み続ける」
電話は、別れを告げるものだ。
九行さんの《死の引き金》は僕との出会い。
運命を覆し、解除する為には彼女と出会った事実を無かった事にするしかない。
「これは、賭けだ。僕の魂全てを賭けた最後の賭けだ」
『いいだろう。見せてみろ、お前の可能性を。起こしてみろ、奇跡を!』
僕の宣言に、グリードが大きく笑った。
心から満足そうに。自分の計算外を喜ぶかのように。
「起こして見せるさ。奇跡の一つや二つ……!」
奇跡。彼の言う通りだ。例えエクステンドに成功したとは言え、僕が達成すべき障害はあまりにも多い。
それでも、諦める訳にはいかなかった。
全てを覆せる可能性がある限り、もう僕は諦める事は出来ないのだから。
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