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第七章 限界突破のソウルサクリファイス
3・夜の風は闇を弄ぶ
しおりを挟む真冬の風が肌を責め立て、体温を奪い取って行く。
現在、午後七時前。
僕は家の外、屋根の上に身を潜めていた。ここからならば誰がどこから入ってきても確認する事が出来るからだ。
視界を照らすのは家から漏れる明かりだけ。外はもう、真っ暗だった。
あまりの寒さに身をよじっていると父の車が駐車場へと入って行くのが見えた。直後、電車通勤の母が帰宅したのを確認する。
異常は、無い。
恐ろしいほどの静けさだった。
まるで、これから起きる惨劇が嘘であるかに感じられる。
だが僕は知っている。間違いなく悪夢のような事件が起きる事を。
ただただ、待つ。
犯人は誰だ。男か、女か。
どうやってあのような惨劇を巻き起こした。
武器は何なのか。
僕には分からない。だからこれから確かめるのだ。
一応の保険として、リセット条件を満たす為の準備は整えてある。
例え何があろうとも、僕が犯人に殺される訳にはいかないからだ。
『七時を回った。こっちに異常は無い』
耳に刺したイヤホンから携帯電話を通じてグリードの声が届けられた。
「ありがとう。こっちも不審者はいないと思う」
すぐにでも警察に通報出来る状態にセットしてある携帯電話をさすり、慎重に周囲を見回しながら返事をする。
殺人鬼対策に仕掛けも用意しているが、発動する気配は無かった。
グリードにはリビングのパソコンに潜んでの監視を頼んでいる。
もちろん、すぐに逃げ出す準備をしてもらった上でだ。彼にとってパソコンと同化するのは《僕と一生を共にする》契約の為の手段であり、解除するのはそれほど難しいことではないらしい。
しばらく、無言の時間が流れる。
一分、二分、三分。
おかしい。
何も無い。何も起きない。
辺りにはちらほらと帰宅途中の人間の影がある。
《人通りがある》のだ。
警察の聞き込みの結果では、目撃者は無しだというのに。
だとしたら犯人はどこから侵入してくるのだ。
疑問が疑問を呼び、頭の中をぐるぐると回転する。
その時だった。
冷え切った世界に、男の絶叫が響いたのは。
声の発生源は、僕の真下。家の中。
――父さん!?
直後、爆発にも似た破壊音が屋根を揺るがす。
だと言うのに、どうしてだろうか。
周囲の通行人は全く気付いていない様子だった。
――おかしい。何かが、おかしい。
通報しなければ。即座に携帯電話を取り出し、コールボタンを押す。
しかし。
――圏外!?
どう言うことだ。ここは住宅街のど真ん中だ。圏外なんてある訳が無い。
直後、真帆の叫びがこだまし、すぐに消えた。
『馬鹿な……。こんな事が』
「グリード! 何があった!」
何度か助けを呼んでは見たが、誰も気付く気配は無い。
半ば衝動的に屋根から二階のベランダに飛び下り窓から自室へ滑り込む。
「どうしたのさ、グリード。返事をしろ!」
どうやら無線の電波は生きているようだった。
ならば確認しなければならない。何が起きているのかを。
犯人に逃げられる訳にはいかないのだ。残りリセット回数は二回。この命に代えても手掛かりを掴まないといけない。
『……来るな!』
ドアノブに手をかけた瞬間、グリードの止める声が飛び込んで来た。
彼らしくない。明らかに焦っている。
下では獣が暴れているような破壊音と母の助けを呼ぶ叫び声。
行くべきか、逃げるべきか。
――行けば間違いなく殺される。けど、その代わりに犯人の正体を掴むことができる。
このまま逃げてしまえば、何も掴めずに終わってしまう。
ならば答えは一つだった。《リセット》する準備は整えてある。分の悪い賭けでは無いと確信する。
意を決し、自室のドアを開けた瞬間、断末魔の絶叫が上がった。
直後、イヤホンから飛び込んできたのはグリードの狼狽した声。
そして、信じ難い言葉だった。
『行くんじゃねぇッ! 逃げろッ! 相手は《契約者》だッ!』
悪魔のあまりの勢いに、思わず足が止まる。
契約者。悪魔と契約した人間?
狼狽する僕を知ってか知らずか、階段を上る足音が近づいてくる。
既に、家族の悲鳴は止まっていた。
『いいから逃げろ! 何も考えんなッ! 早くッ!』
無限にループする思考が、悪魔の声によって揺り動かされる。
考えるより、体が先に動いた。後ろを振り返り窓から逃れようと足を踏み込む。
――しかし。
「あら」
間延びした声に、再び足が止まった。
たった一言、たった一言だと言うのに、僕の足は動かなくなっていた。
おぞましい、異質に対する恐怖によって。
首を傾け、振り返る。
「……なっ」
言葉が出ない。
目の前にいた人物が、あまりに意外だったせいで。
「あらあら。ここ、夜澤クンの家だったの。知らなかったわ」
相手は、若い女だった。見知った顔だった。ほんの二週間前までは毎日のように見ていた顔だった。
それでいて、僕は《彼女》と親しい訳では無かった。
「愛沢、先生?」
僕のクラスの数学教師。愛沢珠希。
もともとは副担任だったが、林田グループの蛮行が明るみに出た事により担任に繰り上げられることになった女教師だ。
「どうしたの。最近、あまり学校に来ていないみたいだけど」
愛沢とまともに言葉を交わしたのはいつ以来だろうか。
顔を合わせても会釈程度。教室や廊下で雑談をする間柄でもないせいで、全く思い出せない。
「先生が、どうしてここに?」
「どうしてって、《契約》だからかしら」
普段の授業と同じように間延びした返答。まるで日常会話だ。
だが、彼女の両の手に握られた凶器が、今は日常などでは無い事を物語っていた。
血の滴る大ぶりの斧と、包丁よりも長いナイフ。犯行に使われた禍々しい凶器。
そう、紛うことなく。
目の前の女、愛沢珠希が《連続猟奇殺人犯》なのだった。
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次回更新は零時。
今週末で五話以上の更新します。
一気に行きますのでお付き合い下さい。
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