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第一章 運命炸動のファーストリープ

14・捧魂契約のリセットスイッチ

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 思わず、絶句する。
 今までの人生で身につけたありとあらゆる語彙の中から疑問の言葉ばかりが溢れだしてくる。
 完全に、僕の覚悟は腰砕けになっていた。

『オレは、お前のそばで見ているだけだ。質問にだって答える。相談にだって乗る。ヒマな時、話し相手にだってなる。何ならゲームの相手を行ったっていい』
 唖然とする僕に向かって、グリードは今までと同じ、どこか楽しげな声音で続けて行く。

『オレは、観察したいだけだ。《リセットスイッチ》を手にしたヤツが如何な人生を歩むかを。悪魔に選ばれた人間が、どのような選択をするかを。
 魂も、生贄も必要ない。オレは、悪魔の本能が選んだ人間の事を知りたいだけなんだ』
 
 観察。興味。

 まさか、彼は知的好奇心のみで僕に接触したとでも言いたいのだろうか。

『人の間で生きるから人間と言うのだろう?
 だがね、悪魔にはそれが無い。悪魔は生まれた時から一人だ。他の悪魔がいる事は知識で知っている。知ってはいるが、出会った事は無い。
 だから、オレは知りたいんだ。人間と言うモノを。オレは、お前の事を知りたいんだ。
 相手を知る過程を、人間はそれを何と言うのだったかな。確か、一言で表現する事ができたはずだが』
 
 しばらく、無言で考え込むグリード。
 彼の口調は冗談や人を騙す悪意は無く、真剣そのもだった。

『そうだ、思い出した』
 たっぷり十秒以上の思考を経て、彼がようやく口を開く。

『――《友人》だ』
 先ほど耳にした《才能》と言う言葉よりさらに縁のない単語が僕の脳を揺さぶる。
 彼は知っているのだろうか。僕の《友人》を名乗る男たちがどのような人間なのかを。

『相手を知る過程を、人間は《友人関係》と言うらしい。ならば、敢えて言おう。オレはお前と友人関係を築きたい。お前が、命を落とすまで。死が、二人を別つまで』

「……本当に、それだけなんだな。君は、見ているだけなんだな?」
 グリードの言葉に嘘は無いだろう。だが、彼には一つだけ不運があった。

 僕がこの世界で最も信じていない言葉は《友人》なのだ。
 友人と言う単語を聞くだけで、虫唾が走り、吐き気さえ感じてしまう。
 友人は、僕を救ってくれない。友人は、僕を傷つける。

 その最たる者は《奴ら》。
 奴らとのいざこざがいなければ、僕は二つ返事でグリードと契約していただろう。
 ただ、あの三人がいたからこそ僕の目の前にグリードが現れたのも事実なのだ。

「一つだけ、頼みがあるんだ」
 だから、僕は彼に一つだけ条件を出すことにした。後になって考えればただの思い上がりとしか思えない。彼は、無償で僕に力をくれると言っているのに。
「もし聞いてくれなければ、僕は君と契約する事は出来ない」
 電話口に向かい、はっきりと告げる。

『気弱なお前が、悪魔に向かって条件を出すのか? 面白い、面白いぞ。オレは知りたい。もっとお前の事をッ!
 さあ、言ってみろ。この悪魔に向かいどのような条件を出すッ!』

 グリードは気を悪くするどころか、僕の言葉に陶酔さえしているように見えた。

 僕が悪魔へと突きつける条件、それは――

「僕に、嘘をつかないで欲しい。君が、僕の友人になると言うのならば」
『ふむ』
 どこか迷うような声音でグリードが呟く。
 もし姿が見えるのならば、僕の目の前には腕組みをして首をかしげる姿が映っていたことだろう。
 しばらく考え込むそぶりを見せ、悪魔が口を開く。

『当然、お前もオレに嘘をつかない、よな? 契約条件とした以上、破れば破滅しか無いんだぜ。オレも、お前もだ』
「もちろんだ。君が僕の友人であり続ける限り、僕も嘘を言う事は無い」

『パーフェクトッ!』
 迷いなく断言した僕の言葉に、歓喜の声を上げるグリード。
『ならば契約だ。さあ、パソコンを見ろ。既に契約書はそこにあるッ!』
 彼の言葉に従い、モニターを確認する。
 画面いっぱいに広がるのは、先程グリードが説明した事が文字となって表示されていた。
 
『この契約書には、お前が《リセットスイッチ》を得ること、代償として宿主になる事が書かれている。契約書はルールだ。お互いの了解なしに何かを書きこむ事はオレにはできない。
 そして、さらに契約書には新たな《条件》が書きこまれる! お前が口にした言葉がッ! 互いに嘘を口にしないと言うルールがッ!』

 グリードの叫びに呼応し、モニターへと新たな文字が打ち込まれていく。

「……!?」
 全てを書き終えた直後だった。
 明朝体で書かれた日本語が歪み、形を変えていく。
 一文字一文字が意思を持った蛇のようにのたうち、見知らぬ図形――悪魔との契約書――へと変化していったのだ。

『これがオレ達の契約書だッ! さあ、サインしろ。血も、インクさえも必要ない。お前自身の指で、モニターをなぞるだけだ! お前の名を、契約書に描くのだッ!』
 瞳が、モニターへと吸い込まれて行く。
 見た事もない図形。見た事もない文字。彼の言葉に嘘は無い。僕が、この契約書に名前を書けば全てが始まる。

 僕は《リセットスイッチ》を手にし、今までの真っ暗な人生に光を当てる事が出来る。
 
 耳元でグリードが急かすが、僕の耳には届かない。

 急かす必要はない。僕の心はもう、決まっていた。

 ゆっくりと手を伸ばし、画面へと触れる。
 指の当たった場所が発光していた。

 そのまま、全身の力を指に込め、僕は自分自身の名前を契約書へと書きこんだ。


 夜澤未来、と。


 僕は、人生を取り戻す。
 取り戻して見せる。

 この、悪魔から貰った力リセットスイッチで。





 ――――第一章、終。
************************************************
次回更新から第二章に突入します。
契約したミライが行う《人生を変える事》とは。そして加わる新たな仲間。

第二章《ほのぼの編》にスイッチオン!
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