上 下
166 / 167

  中風

しおりを挟む
 むっ?
 目を覚ました謙信は、違和感を持つ。
 身体が動かないのだ。
 ど、どうした?
 声も出ない。
 えっ?えっ?と驚く。
 何より目の前が真っ暗だ。

 なんだ?何が起きた?どういう事だ?
 混乱するが、身体は動かなし、声も出ない。

 どれほど時が経っただろうか、少しだけ物が見えるようになった。
 
 姉上・・・・?
 薄く開けた視界の先に、姉の綾が青い顔をして座っている。
 何事です、姉上?
 必死に声を上げようとするが、何も出ない。
 
 なんなんだ一体?
 
 そうこうしていると、
「出来ました」
 と言う男の声が聞こえる。

 ・・・・・・・?
 意味が分からず謙信が戸惑っていると、身体がゆっくり起こされる。
 狭い視界の端に男がいて、その男と綾が謙信の上半身を支え起こしていた。


「さ、これを・・・・」
 男が広げた紙を、謙信の口に持って行く。
 そのまま口の中に何かを入れる。
 その後、綾が水を流し込む。

「これで・・・・治るのですか?」
 綾が不安そうな顔で、男に問う。
 男は首を振る。
「中風はその・・・・薬で直ぐに治ると言うものではなく・・・・・その・・・・」
 医師なのだろう、男は言いにくそうに答える。

 中風・・・・・。

 謙信は大声を上げそうになる。しかし当然、上がらない。
 
 あああああっ、と心の中で呻きながら、謙信は綾の方を見る。
 綾は少し眉を寄せ、これ、と誰か呼ぶ。
 侍女が二人、ススススッと近づいてきた。
 その痩せ過ぎと太っちょの侍女は、布団を払い、謙信の着流しの袖を捲り上げる。

 はぁ、と謙信はため息を吐く。
 正しく言えば、吐きたいが、ため息も出ない。

 二人の侍女は下の世話をしているのだ。
 その手慣れた風と綾の表情から、もう何度もしているらしい。



 謙信は情けなくなる。

 今や上杉謙信と言えば、越後の龍と恐れられる天下の名将。
 それが糞を垂れ流し、人に拭いてもらっているのだ。
 それも姉の目の前でだ。

 姉上・・・・・申し訳ありませぬ。

 綾の顔を見つめながら、謙信は心の底から謝る。
 看病してくれている事だけではない。

 中風と言う病気は、原因が分かっている。
 酒だ。

 謙信はよく呑む。
 毎日呑むし、戦さ場でも呑む。

「もう若くないのですから、少しは控えなされ」
 近頃よく、綾にそう言われていた。
 しかし謙信は、
「男の子たるもの、戦さと酒で死ねるなら本望です」
 と応えてやめなかったのだ。
 それでも更に綾が何か言えば、
「呑まずに十年生きるくらいなら、呑んで明日死にます」
 と大口を叩いていたのだ。

 それがこの始末である。

 はぁ、と出ないをため息を吐き、まことにすいませぬ、と心の底から謙信は綾に謝罪した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

ヴィクトリアンメイドは夕陽に素肌を晒す

矢木羽研
歴史・時代
カメラが普及し始めたヴィクトリア朝のイギリスにて。 はじめて写真のモデルになるメイドが、主人の言葉で次第に脱がされていき…… メイドと主の織りなす官能の世界です。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

麒麟児の夢

夢酔藤山
歴史・時代
南近江に生まれた少年の出来のよさ、一族は麒麟児と囃し将来を期待した。 その一族・蒲生氏。 六角氏のもとで過ごすなか、天下の流れを機敏に察知していた。やがて織田信長が台頭し、六角氏は逃亡、蒲生氏は信長に降伏する。人質として差し出された麒麟児こと蒲生鶴千代(のちの氏郷)のただならぬ才を見抜いた信長は、これを小姓とし元服させ娘婿とした。信長ほどの国際人はいない。その下で国際感覚を研ぎ澄ませていく氏郷。器量を磨き己の頭の中を理解する氏郷を信長は寵愛した。その壮大なる海の彼方への夢は、本能寺の謀叛で塵と消えた。 天下の後継者・豊臣秀吉は、もっとも信長に似ている氏郷の器量を恐れ、国替や無理を強いた。千利休を中心とした七哲は氏郷の味方となる。彼らは大半がキリシタンであり、氏郷も入信し世界を意識する。 やがて利休切腹、氏郷の容態も危ういものとなる。 氏郷は信長の夢を継げるのか。

暁のミッドウェー

三笠 陣
歴史・時代
 一九四二年七月五日、日本海軍はその空母戦力の総力を挙げて中部太平洋ミッドウェー島へと進撃していた。  真珠湾以来の歴戦の六空母、赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴が目指すのは、アメリカ海軍空母部隊の撃滅。  一方のアメリカ海軍は、暗号解読によって日本海軍の作戦を察知していた。  そしてアメリカ海軍もまた、太平洋にある空母部隊の総力を結集して日本艦隊の迎撃に向かう。  ミッドウェー沖で、レキシントン、サラトガ、ヨークタウン、エンタープライズ、ホーネットが、日本艦隊を待ち構えていた。  日米数百機の航空機が入り乱れる激戦となった、日米初の空母決戦たるミッドウェー海戦。  その幕が、今まさに切って落とされようとしていた。 (※本作は、「小説家になろう」様にて連載中の同名の作品を転載したものです。)

処理中です...