160 / 167
景虎と景勝
しおりを挟む
加賀国の手取川で織田との戦さを終えると、謙信は越後に戻った。
能登の畠山家の子息を、人質として連れてである。
これで織田と本格的な戦さになっても、能登はこちらのものだ。
加賀から織田が攻めてきても、越中と能登で挟み撃ちにできる。
ますはひと段落である。
越後に戻ると、謙信は二人の養子を部屋に呼んだ。
三郎景虎と喜平次景勝である。
対照的な二人だ。
景虎は痩せてスラリとしている。
顔も色白で細面、品もあり色気すらあった。
一方の景勝は色黒で、顎の張った四角い顔をしている。
肩幅が広く、ずんぐりとした体つきをしていた。
性格も違う。
景勝は無口で、何を考えているのか謙信も周りの者も、今一つよく分からない。
景虎の方は陽気と言うことはないが、人当たりは良い。
そして徳というと大袈裟だが、人を惹きつける何かがある。
北条の人間である景虎を、家中の者の中に警戒するものが幾人もいる。
そして断固として景虎を赦さない者もいた。
謙信の名目上の主君であり養父である、前の関東管領上杉憲政である。
憲政からすれば当然だ。景虎の父氏康は、憲政を攻めたて関東から追い出し、その息子を手にかけている。
到底、景虎を受け入れることなど出来ない。
謙信が北条と手を結んだ時、憲政は怒り狂ったし、景虎を養子に迎えたと知ると、今すぐ首を切れと言って来た。
「三郎は悪い奴ではありませぬ、光徹(出家後の憲政の号)さまもお会いになればわかります」
そう謙信は憲政を宥めた。
嫌がる光徹こと憲政に、景虎を会わせると、
「まぁ・・・・・彼奴が悪いわけではないからな・・・・」
と簡単に心変わりし、あっさりと赦してしまった。
景虎には何か、その美貌だけでなく、人を惹きつける魅力がある。
そして戦さ場での働きも対照的だ。
北条との戦さに、謙信は何度か景雄を伴っている。
「如何攻める?」
度々謙信は尋ねるのだか、景雄の答えはいつも同じで、
「じっくり腰を据えて攻めるべきかと・・・・」
である。
景勝が正しい、相手が固く守っているのだ。無理に攻めることは無い。
しかし謙信からすれば、面白みの無い戦さだ。
「喜平次はつまらぬ」
そう謙信がこぼすと、斎藤朝信などは、いえいえ、と首を振る。
「喜平次さまは、大した大将でございます」
朝信や甘粕景持ら将兵には、景雄を買っている者が多い。
城ではムスッとして愛想は無いが、戦さ場に出れば冷静沈着で的確な指示を出す。
将兵にすれば、優れた大将なのだろう。
しかし謙信にすれば、少し物足りない。
若いのだから、向こうみずな事を言うくらいの方が可愛げがある。
そういうことを言えば、
「殿は堪え性がなさ過ぎです」
と朝信が答える。
朝信らにすれば、謙信の方が大将としていかがなものかと言うくらいだ。
大将が討ち取られば、いかにこちらが優勢でも戦さは負けだ。
後ろに隠れて居ろとは言わないが、あまり前に出て欲しく無いのだろう。
何かと言えば前に出て、速戦、力攻めの謙信より、冷静沈着で腰の重い景勝の方が将兵は安心すると言うことだ。
対して景虎である。
一度だけ、越中の戦さに伴ったが、まぁ酷いものであった。
初陣と言うこともある。門徒との凄惨な戦さということもある。
しかし終始青白い顔をして、何度も、
「失礼します」
と言っては、陰でゲェゲェ吐いていたのだ。
いかに言ってもだらしなさ過ぎる。
景勝の時の様に、
「如何攻める?」
などと尋ねる気にはまったくなれなかった。
こいつは駄目だな、使い物にならぬ、と謙信は匙を投げた。
戦さは駄目だが、侍として景虎は景勝に勝っているところが一つある。
子を産む力だ。
正しく言えば、女子に子を産ませる、孕ませる力だ。
謙信が言うのも妙だが、侍として、一家の主人として、もっと言えば男として、それは最も重要な力かも知れない。
景虎は謙信の姪で景勝の姉である華との間に、一男一女をもうけている。
更に側室との間にも娘がおり、まさに子を産ませることにかけては、なんの問題も無い。
一方の景勝は二十歳を過ぎているのに、妻も娶らず側室も置かない。
衆道の気があるのか、幼い頃から仕えている小姓だけを側に置き、他人を近づけない。
謙信の姉であり景勝の母である綾は、心配して、
「どうにかなりませぬか?」
と謙信に相談するのだが、謙信こそ、五十を過ぎても独り身である。
「まぁ、放っておけば良いのでは・・・・」
としか答えようがない。
母親である綾にすれば困った事だが、養父であり主君である謙信からすれば、景虎が子を産んでいるので何の問題もない。
謙信の二人の養子、三郎景虎と喜平次景勝は、そんな若者だ。
能登の畠山家の子息を、人質として連れてである。
これで織田と本格的な戦さになっても、能登はこちらのものだ。
加賀から織田が攻めてきても、越中と能登で挟み撃ちにできる。
ますはひと段落である。
越後に戻ると、謙信は二人の養子を部屋に呼んだ。
三郎景虎と喜平次景勝である。
対照的な二人だ。
景虎は痩せてスラリとしている。
顔も色白で細面、品もあり色気すらあった。
一方の景勝は色黒で、顎の張った四角い顔をしている。
肩幅が広く、ずんぐりとした体つきをしていた。
性格も違う。
景勝は無口で、何を考えているのか謙信も周りの者も、今一つよく分からない。
景虎の方は陽気と言うことはないが、人当たりは良い。
そして徳というと大袈裟だが、人を惹きつける何かがある。
北条の人間である景虎を、家中の者の中に警戒するものが幾人もいる。
そして断固として景虎を赦さない者もいた。
謙信の名目上の主君であり養父である、前の関東管領上杉憲政である。
憲政からすれば当然だ。景虎の父氏康は、憲政を攻めたて関東から追い出し、その息子を手にかけている。
到底、景虎を受け入れることなど出来ない。
謙信が北条と手を結んだ時、憲政は怒り狂ったし、景虎を養子に迎えたと知ると、今すぐ首を切れと言って来た。
「三郎は悪い奴ではありませぬ、光徹(出家後の憲政の号)さまもお会いになればわかります」
そう謙信は憲政を宥めた。
嫌がる光徹こと憲政に、景虎を会わせると、
「まぁ・・・・・彼奴が悪いわけではないからな・・・・」
と簡単に心変わりし、あっさりと赦してしまった。
景虎には何か、その美貌だけでなく、人を惹きつける魅力がある。
そして戦さ場での働きも対照的だ。
北条との戦さに、謙信は何度か景雄を伴っている。
「如何攻める?」
度々謙信は尋ねるのだか、景雄の答えはいつも同じで、
「じっくり腰を据えて攻めるべきかと・・・・」
である。
景勝が正しい、相手が固く守っているのだ。無理に攻めることは無い。
しかし謙信からすれば、面白みの無い戦さだ。
「喜平次はつまらぬ」
そう謙信がこぼすと、斎藤朝信などは、いえいえ、と首を振る。
「喜平次さまは、大した大将でございます」
朝信や甘粕景持ら将兵には、景雄を買っている者が多い。
城ではムスッとして愛想は無いが、戦さ場に出れば冷静沈着で的確な指示を出す。
将兵にすれば、優れた大将なのだろう。
しかし謙信にすれば、少し物足りない。
若いのだから、向こうみずな事を言うくらいの方が可愛げがある。
そういうことを言えば、
「殿は堪え性がなさ過ぎです」
と朝信が答える。
朝信らにすれば、謙信の方が大将としていかがなものかと言うくらいだ。
大将が討ち取られば、いかにこちらが優勢でも戦さは負けだ。
後ろに隠れて居ろとは言わないが、あまり前に出て欲しく無いのだろう。
何かと言えば前に出て、速戦、力攻めの謙信より、冷静沈着で腰の重い景勝の方が将兵は安心すると言うことだ。
対して景虎である。
一度だけ、越中の戦さに伴ったが、まぁ酷いものであった。
初陣と言うこともある。門徒との凄惨な戦さということもある。
しかし終始青白い顔をして、何度も、
「失礼します」
と言っては、陰でゲェゲェ吐いていたのだ。
いかに言ってもだらしなさ過ぎる。
景勝の時の様に、
「如何攻める?」
などと尋ねる気にはまったくなれなかった。
こいつは駄目だな、使い物にならぬ、と謙信は匙を投げた。
戦さは駄目だが、侍として景虎は景勝に勝っているところが一つある。
子を産む力だ。
正しく言えば、女子に子を産ませる、孕ませる力だ。
謙信が言うのも妙だが、侍として、一家の主人として、もっと言えば男として、それは最も重要な力かも知れない。
景虎は謙信の姪で景勝の姉である華との間に、一男一女をもうけている。
更に側室との間にも娘がおり、まさに子を産ませることにかけては、なんの問題も無い。
一方の景勝は二十歳を過ぎているのに、妻も娶らず側室も置かない。
衆道の気があるのか、幼い頃から仕えている小姓だけを側に置き、他人を近づけない。
謙信の姉であり景勝の母である綾は、心配して、
「どうにかなりませぬか?」
と謙信に相談するのだが、謙信こそ、五十を過ぎても独り身である。
「まぁ、放っておけば良いのでは・・・・」
としか答えようがない。
母親である綾にすれば困った事だが、養父であり主君である謙信からすれば、景虎が子を産んでいるので何の問題もない。
謙信の二人の養子、三郎景虎と喜平次景勝は、そんな若者だ。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
浮雲の譜
神尾 宥人
歴史・時代
時は天正。織田の侵攻によって落城した高遠城にて、武田家家臣・飯島善十郎は蔦と名乗る透波の手によって九死に一生を得る。主家を失って流浪の身となったふたりは、流れ着くように訪れた富山の城下で、ひょんなことから長瀬小太郎という若侍、そして尾上備前守氏綱という男と出会う。そして善十郎は氏綱の誘いにより、かの者の主家である飛州帰雲城主・内ヶ島兵庫頭氏理のもとに仕官することとする。
峻厳な山々に守られ、四代百二十年の歴史を築いてきた内ヶ島家。その元で善十郎は、若武者たちに槍を指南しながら、穏やかな日々を過ごす。しかしそんな辺境の小国にも、乱世の荒波はひたひたと忍び寄ってきていた……
わが友ヒトラー
名無ナナシ
歴史・時代
史上最悪の独裁者として名高いアドルフ・ヒトラー
そんな彼にも青春を共にする者がいた
一九〇〇年代のドイツ
二人の青春物語
youtube : https://www.youtube.com/channel/UC6CwMDVM6o7OygoFC3RdKng
参考・引用
彡(゜)(゜)「ワイはアドルフ・ヒトラー。将来の大芸術家や」(5ch)
アドルフ・ヒトラーの青春(三交社)
不屈の葵
ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む!
これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。
幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。
本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。
家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。
今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。
家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。
笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。
戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。
愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目!
歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』
ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!
荒川にそばだつ
和田さとみ
歴史・時代
戦国時代、北武蔵を治める藤田氏の娘大福(おふく)は8歳で、新興勢力北条氏康の息子、乙千代丸を婿に貰います。
平和のために、幼いながらも仲睦まじくあろうとする二人ですが、次第に…。
二人三脚で北武蔵を治める二人とはお構いなく、時代の波は大きくうねり始めます。
平安ROCK FES!
優木悠
歴史・時代
2024/06/27完結
――つまらねえ世の中をひっくり返すのさ!――
平安ROCK FES(ロックフェス)開幕!
かつての迷作短編「平安ロック!」が装いも新たに長編として復活。
バイブス上がりまくり(たぶん)の時代ライトノベル!
華やかな平安貴族とは正反対に、泥水をすするような生活をおくる朱天と茨木。
あまりの貴族たちの横暴に、ついにキレる。
そして始まる反逆。
ロックな奴らが、今、うごめきはじめる!
FESの後にピリオドがいるだろう、って?
邪魔なものはいらないさ、だってロックだもの!
時代考証も無視するさ、だってロックだもの?
部分的に今昔物語集に取材しています。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる