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手取川
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謙信の読み通りに事は運んだ。
織田の軍勢は浮き足立っており、上杉軍が攻めかかると、我先に逃げていく。
それを見て謙信は、必要以上に追うなと命じた。
それにしても酷いものだと、逃げ惑う織田勢を眺めながら謙信は思った。
織田の軍勢はその殆どが、銭で集めた浪人どもだ。
以前は三好や六角に仕えていたのだろう。織田への忠誠心などかけらも無い。
銭の分しか、或いは銭の分も働かない。そういう連中だ。
数で勝てる戦さならまだ良いが、負けるとなると途端にこれだ。
勿論、上杉軍にも河田長親の部隊がいる。
使い方は慎重に考えるばきだと、謙信は思わされた。
戦さを眺めていると、謙信の目にある光景が映る。
逃げ惑う織田の兵を、キャッキャキャッキャと奇声を上げならが、小島弥太郎一忠が射殺している。
「おい」
謙信は千坂景親を呼ぶ。
「弥太郎を止めて来い」
顔を顰めて命じると、ハハッ、と答えて景親が駆けていく。
景親が近寄り何か告げると、一忠は頬を膨らませ、謙信の方を見る。
一忠に戻って来るよう、謙信は顎をしゃくる。
不満そうに頬を膨らませ口を尖らせた一忠が、謙信の元に戻ってきた。
まったく・・・・と謙信は一忠を見つめながら溜息を吐く。
小島弥太郎一忠は、かつて謙信に仕えていた小島弥太郎貞興の息子では無い。
謙信の生家、三条長尾家の領地に、小島という集落がある。
三条長尾家の当主が戦さに出る時、この集落から若者が一人、郞党としてやって来る決まりがある。
謙信の祖父、能景の頃、この集落からやって来た弥太郎という若者が、戦さで能景を庇い討ち死にした。
能景が感激し、その弥太郎を墓を建てて手厚く葬った後、小島から来る郎党の事を、弥太郎と呼ぶようになった。
それが代々受け継がれ、小島から来る郎党は、弥太郎と呼ぶ事になったのだ。
貞興も一忠もその集落の者である。
大柄で剛力の鬼と呼ばれた貞興と違い、一忠は小柄で俊敏だ。
中身も違う。
貞興は勇猛果敢で恐れを知らない豪傑だったが、別に人殺しが好きだった訳ではない。
一忠は違う。
その性に残虐さがある。
一忠は山で獲物を取るのが上手いらしいが、優れた猟師ではない。
優れた猟師は必要以上に獲物を取らないし、別に猟という行い自体が好きな訳ではない。
だが一忠は、猟という行い自体が好きなのだ。
小さな子供が面白がって、虫の手足をもぐ事がある。
そういう子供はよくいるし、別に異常ではない。
その子供が猟をして、獣を仕留める。
それに快楽を見出すのは、少し異常だ。
それが獣から人に進むと、完璧な異常者である。
小島弥太郎一忠は、子供の頃に虫の手足をもいでいたように、猟で獣を仕留めるように、戦さで人を射殺している。
「なぜ駄目なのですか?」
一忠が口を尖らせて、謙信に訴える。
「逃げる敵を射ったところで、手柄にはならぬ」
冷めた口調で、謙信は告げた。
「戦さとは人を殺める場ではない。手柄を立てる場だ」
謙信の言葉に納得していないのだろう、口を尖らせたまま、プイと一忠は他所を向く。
おい、と景親が咎めようとする、
「よい、放っておけ」
と謙信は止める。
目を一忠から、逃げる織田の軍勢に向ける。
さてこれで・・・・・・どうなるか。
そう小さな声で謙信は呟く。
織田の軍勢は浮き足立っており、上杉軍が攻めかかると、我先に逃げていく。
それを見て謙信は、必要以上に追うなと命じた。
それにしても酷いものだと、逃げ惑う織田勢を眺めながら謙信は思った。
織田の軍勢はその殆どが、銭で集めた浪人どもだ。
以前は三好や六角に仕えていたのだろう。織田への忠誠心などかけらも無い。
銭の分しか、或いは銭の分も働かない。そういう連中だ。
数で勝てる戦さならまだ良いが、負けるとなると途端にこれだ。
勿論、上杉軍にも河田長親の部隊がいる。
使い方は慎重に考えるばきだと、謙信は思わされた。
戦さを眺めていると、謙信の目にある光景が映る。
逃げ惑う織田の兵を、キャッキャキャッキャと奇声を上げならが、小島弥太郎一忠が射殺している。
「おい」
謙信は千坂景親を呼ぶ。
「弥太郎を止めて来い」
顔を顰めて命じると、ハハッ、と答えて景親が駆けていく。
景親が近寄り何か告げると、一忠は頬を膨らませ、謙信の方を見る。
一忠に戻って来るよう、謙信は顎をしゃくる。
不満そうに頬を膨らませ口を尖らせた一忠が、謙信の元に戻ってきた。
まったく・・・・と謙信は一忠を見つめながら溜息を吐く。
小島弥太郎一忠は、かつて謙信に仕えていた小島弥太郎貞興の息子では無い。
謙信の生家、三条長尾家の領地に、小島という集落がある。
三条長尾家の当主が戦さに出る時、この集落から若者が一人、郞党としてやって来る決まりがある。
謙信の祖父、能景の頃、この集落からやって来た弥太郎という若者が、戦さで能景を庇い討ち死にした。
能景が感激し、その弥太郎を墓を建てて手厚く葬った後、小島から来る郎党の事を、弥太郎と呼ぶようになった。
それが代々受け継がれ、小島から来る郎党は、弥太郎と呼ぶ事になったのだ。
貞興も一忠もその集落の者である。
大柄で剛力の鬼と呼ばれた貞興と違い、一忠は小柄で俊敏だ。
中身も違う。
貞興は勇猛果敢で恐れを知らない豪傑だったが、別に人殺しが好きだった訳ではない。
一忠は違う。
その性に残虐さがある。
一忠は山で獲物を取るのが上手いらしいが、優れた猟師ではない。
優れた猟師は必要以上に獲物を取らないし、別に猟という行い自体が好きな訳ではない。
だが一忠は、猟という行い自体が好きなのだ。
小さな子供が面白がって、虫の手足をもぐ事がある。
そういう子供はよくいるし、別に異常ではない。
その子供が猟をして、獣を仕留める。
それに快楽を見出すのは、少し異常だ。
それが獣から人に進むと、完璧な異常者である。
小島弥太郎一忠は、子供の頃に虫の手足をもいでいたように、猟で獣を仕留めるように、戦さで人を射殺している。
「なぜ駄目なのですか?」
一忠が口を尖らせて、謙信に訴える。
「逃げる敵を射ったところで、手柄にはならぬ」
冷めた口調で、謙信は告げた。
「戦さとは人を殺める場ではない。手柄を立てる場だ」
謙信の言葉に納得していないのだろう、口を尖らせたまま、プイと一忠は他所を向く。
おい、と景親が咎めようとする、
「よい、放っておけ」
と謙信は止める。
目を一忠から、逃げる織田の軍勢に向ける。
さてこれで・・・・・・どうなるか。
そう小さな声で謙信は呟く。
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