上 下
147 / 167

  喜平次景勝

しおりを挟む
 利根川を挟んで北条氏政が隙も乱れも無い陣形で、しっかり守っている。
 容易に攻める事が出来ない。

 如何する?

 いつもの謙信だったら、ここで無理矢理攻める。
 
 戦さに必要な事は賢さではない。
 度胸だ。腹を据える度胸だ。
 所詮戦さなど、損得勘定で計れば無駄な事。
 その無駄な事を押し通す度胸。
 それが大将に必要なものだ。
 そしてそれを謙信は持っている。

 しかし謙信は、今回攻撃をかけない。

 理由は二つある。

 一つは小島貞興がいない事だ。
 謙信が戦さ上手と言われているのは、無理な攻撃をしかけるからだ。
 そして無理な攻撃が行えたのは、越後の鬼と呼ばれた勇士、小島弥太郎貞興がいたからである。
 謙信の采配は、一騎当千の勇士、貞興をどう暴れさせるかにある。
 貞興が思う存分暴れればその戦さは勝てるし、貞興を活かしきれなければその戦さは負ける。
 そう言っても良いくらいだ。

 その越後の鬼も寄る年波には勝てず、隠居してしまった。
 貞興が居なければ、謙信も躊躇してしまう。




 そしてもう一つ、謙信が攻撃しない理由がある。

「喜平次・・・・・如何見る?」
「・・・・隙の無い陣です」
 謙信の問いかけに甥で養子の、長尾喜平次景勝は静かに答える。

 此度の戦さ、謙信は景勝を伴った。
 理由は信玄が死んだからである。
 信玄が死んだから景勝を伴っても、越後で妙な事が起き無いと思ったからだ。
 留守はもう一人の養子の、長尾三郎景虎と宿老の直江景綱、柿崎景家に任せている。

「如何攻める?」
「・・・・・・無理に仕掛けず、じっくりと腰を据えるべきかと思います」
 景勝の答えに、ふむ、と謙信は頷く。

 景勝を伴ったのは、実際の戦さを見せて、如何考えるか確かめたかったのである。
 そしてそれは謙信から見れば、面白くない考えだ。

 確かに景勝の言うことは正しい。無理をしても勝てはしない。
 しかしそれでは見合っているだけだ。
 景勝の答えに満足はしないが、それでもそれを取り上げ、攻めない事にした。

 信玄が死んだ時、自分より十歳上ということを、謙信は少し考えてしまった。
 単純に自分が十年後に死ぬとは思わない。
 それでも十年で、何をどの程度やるかというのは、如何しても考えてしまう。

 そして周りの事も考える。

 北条氏政は謙信より八つ年下で、武田勝頼は十五年下だ。
 別に謙信が先に死ぬとは限らないが、やはりそう考えてしまう。
 景勝は謙信より二十五下で、まだ十六である。
 謙信亡き後、彼らとの戦いが待っている。
 だから出来るだけ、戦さを見せて、戦さに触れさせたいのだ。

 十六の若者にしては、景勝は慎重すぎる。
 もっと決起盛んである方が、謙信としては好ましい。
 間違ってはいないがつまらない。

「そうか・・・・そうだな」
 謙信は呟いて景雄を見つめた。
 少し暗い目で、こちらの様子を窺っている。
「では、じっくり構えるか・・・・・・・」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

ヴィクトリアンメイドは夕陽に素肌を晒す

矢木羽研
歴史・時代
カメラが普及し始めたヴィクトリア朝のイギリスにて。 はじめて写真のモデルになるメイドが、主人の言葉で次第に脱がされていき…… メイドと主の織りなす官能の世界です。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

麒麟児の夢

夢酔藤山
歴史・時代
南近江に生まれた少年の出来のよさ、一族は麒麟児と囃し将来を期待した。 その一族・蒲生氏。 六角氏のもとで過ごすなか、天下の流れを機敏に察知していた。やがて織田信長が台頭し、六角氏は逃亡、蒲生氏は信長に降伏する。人質として差し出された麒麟児こと蒲生鶴千代(のちの氏郷)のただならぬ才を見抜いた信長は、これを小姓とし元服させ娘婿とした。信長ほどの国際人はいない。その下で国際感覚を研ぎ澄ませていく氏郷。器量を磨き己の頭の中を理解する氏郷を信長は寵愛した。その壮大なる海の彼方への夢は、本能寺の謀叛で塵と消えた。 天下の後継者・豊臣秀吉は、もっとも信長に似ている氏郷の器量を恐れ、国替や無理を強いた。千利休を中心とした七哲は氏郷の味方となる。彼らは大半がキリシタンであり、氏郷も入信し世界を意識する。 やがて利休切腹、氏郷の容態も危ういものとなる。 氏郷は信長の夢を継げるのか。

信濃の大空

ypaaaaaaa
歴史・時代
空母信濃、それは大和型3番艦として建造されたものの戦術の変化により空母に改装され、一度も戦わず沈んだ巨艦である。 そんな信濃がもし、マリアナ沖海戦に間に合っていたらその後はどうなっていただろう。 この小説はそんな妄想を書き綴ったものです! 前作同じく、こんなことがあったらいいなと思いながら読んでいただけると幸いです!

処理中です...