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  諏訪四郎勝頼

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「そうか・・・・死んだか・・・・」
 謙信は杯を置く。
 
 息を吐き、武田信玄という男の事を思う。
 気に食わぬ相手であった。散々してやられた。
 戦さになれば間違いなく謙信が勝てた。しかし何度ものらりくらりとかわされ、謀で窮地に陥れられた。

 死んで悲しいとは思わない。
 ただ不思議と死んでくれて良かったとも思わない。

「死んだか・・・・・」
 同じ言葉しか出てこない。

「幾つくらいであった?」
「歳ですか?」
 確か・・・・・と段蔵は指を折る。
「五十三、いや、二でしたかね」
 謙信より十ほど上だ。
「・・・・・・そうか」

 ふと妙な事を考えた。
 自分も同じくらいに死ぬのだろうか?
 五十くらいで死ぬ。まぁ大体そんなものだろう。
 なら後十年。
 十年か・・・・。
 何が成せるか?何を為すべきか?

「七十まで生きるかもしれませぬよ」
 心を読んだのか、段蔵が言う。
 ムッとして謙信は顔を顰める。

 顔を顰めたまま、謙信は問う。
「倅はどうだ?」
「それがしに倅はおりませぬ」
 わざとらしく段蔵は、戯けて応える。
「お前のではない、諏訪四郎の事だ」
 信玄の跡を継いだのは、諏訪家に養子に出ている四男の勝頼である。
 正しくは勝頼の息子が跡継ぎという事になっていたが、実際は勝頼になるだろう。
「立派な方ですよ」
 軽い調子で段蔵が言う。
「勇猛果敢で、肝が据わっており、戦さが上手く・・・・・」
 ペラペラと段蔵が喋る。
「謀を用いるような卑怯なまねはせず、忍びの者を信じない」
 うんうん、と段蔵は一人で頷く。
「立派な大将でございます」
 要は信玄と真逆ということらしい。

「それでお払い箱になったのか?」
「ええっ、まぁ、そんなところです」
 徳利を逆さにして最後の一滴まで、段蔵は呑もうとしている。
 ふむ、と謙信は顎に手をやる。
 
 段蔵の言うことが真なら、勝頼は組み易い相手だ。
 戦さに自信があるのなら、相手をしてやれば良い。その方が謙信としても好ましい。

 パンパンと手を叩き、謙信の声で、
「弥九郎、酒を持て」
 と段蔵は大声を上げる。
 まったく・・・・と謙信は呆れながら、段蔵を眺める。

「まぁ、よい」
 謙信は段蔵に告げた。
「そのうち何か頼むかもしれぬ、それまで越後で好きにしておれ」
 ハハハッ、と段蔵は笑う。

 襖が開き、安田弥九郎が酒を持って入ってきた。
 おお、来た来た、と言う段蔵を見て、弥九郎は驚いている。
「弥九郎、構わぬ」
 そう謙信が言うと、弥九郎は酒を置いて立ち去る。

「ご安心を」
 段蔵は徳利を、謙信の方に向ける。
 謙信が杯を向けるとニヤリと笑い段蔵は、酌をせずに自分のお猪口に酒を注ぐ。
 グッと酒を呑み、ぐはっ、と息を吐くと、段蔵は謙信に告げる。
「この飛び加藤、いつでも好き勝手しておりますよ」
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