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  難航

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 上杉側が出した条件は、二つとも上手くいかなかった。
 北条氏康が拒否したわけではない、当人たちが反対したのだ。

 一つ目の太田資正に岩槻城を返す件。資正自身が応じなかったのである。
 骨の髄まで北条憎しの資正は、岩槻に戻らないどころか、氏康と手を組もうとしている輝虎を責めた。
 そして同じく北条と敵対している常陸の佐竹義重、安房の里見義弘と組み、反北条、反上杉の同盟を結んだのである。
 
 
 もう一つの件、北条の当主、氏政の息子を人質に差し出す件も、氏政が反対しているのだ。
 氏政の妻は武田信玄の娘である。この夫婦、仲がとても良かったらしい。
 それで氏政は武田と手を切るのを、反対したのだ。
 しかし氏康が強引に離縁させ、氏政の妻を甲斐に送り返したのである。
 この事で氏政が怒り、養子の件を断固拒否しているのである。


 獅子も老いたなと、輝虎は思った。
 相模の獅子こと北条氏康も、既に五十半ば。かつて川越の戦さで、その武名を関東一円に鳴り響かせたのは、二十年以上も昔のことだ。
 今は息子に言うことをきかせる事も、出来ないらしい。

 しかし輝虎にすれば、これはかなり厄介な事だ。
 単純にこちらの条件を、北条が飲まないという事だけでは無い。
 氏政が武田と手を結びたがっていると言う点だ。

 還暦近い氏康は、いつ死んでもおかしくない。
 氏康が死ねば、当然、氏政は武田と手を結ぶ。
 或いは死ぬ前に、無理矢理氏康を幽閉するかもしれない。

 むむむっ、と輝虎は唸る。
 信玄は輝虎に使者を送って来なかった。
 輝虎と組んで北条を叩くと言うことを、するつもりが無いらしい。
 そのわけは既に氏政を、取り込んでいるからなのだろう。

 信玄が強かなのは、表面上は北条と敵対している佐竹や里見、そして太田資正と手を結んでいる。
 しかし裏では氏政を、抱き込んでいるのだ。

 相変わらず手強い相手だ。
 戦さはともかく、駆け引きにおいて、信玄の神算鬼謀に輝虎は手も足も出ない。
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