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  河田長親

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 本庄繁長の事にけりが着くと、今度は越中に攻め込んだ。
 こちらも武田信玄に唆された椎名康胤が、武田からの援軍も無く孤立無援で松倉城に籠っている。

 この戦さで輝虎は、河田長親の浪人衆を伴った。
 結果はあまり、満足のいくものではない。

 部隊そのものの動きは悪くなかった。
 浪人たちは混乱も無く、失敗ることも無く、城を囲み陣を組んでいる。

 ただ兵を率いる長親が、今一つだったのだ。

 悪くはない。だが特に光るものもない。
 よくいる武将の、よくある初陣なのだ。
 いやむしろ初陣なのに、なんの問題も無さすぎるのだ。

 河田長親は賢く聡明で、言われた事を間違えずに正しく行う、そんな男だ。
 だから戦さをしても、光るものも引っかかるものもないのだ。


 戦さというのは殺し合いであり、言ってしまえば馬鹿な事なのだ。
 信玄が好む孫子曰く、戦って勝つのは下策で、戦わずに勝つのが上策であるとのこと。

 賢い人間には、そもそも戦さという馬鹿な事には、向かないのかもしれない。

 長親の賢さには、何か物足りないものを感じる。特に繁長のあの無茶な夜襲を見た後だ。
 戦さはよく膠着状態になる。まさに今、松倉城を囲んでいるが、そうなっている。
 こんな時、膠着状態を破るには、繁長の様な無茶苦茶な攻めが必要になる。
 しかしそれが長親には無い。そんな馬鹿な事はしない。

 直江景綱が、繁長を斬るのは惜しいと言ったが、本当にそうだと輝虎も思った。
 家中の若手として景持がいる。
 景持も馬鹿ではない。手堅い、間違いのない戦さをする。

 かつて柿崎景家が手堅い戦さをし、斎藤朝信が奇略を用いた。
 しかしその朝信も四十を越え、大将として派遣する事が多くなり、武将として奇略を用い者がいなくなった。
 そうなってくると、やはり繁長が必要だ。

 腹が立つが、斬らなくて良かったと思う。


 長親は今一つだが、拾い物もあった。
 浪人衆は長親の親類縁者を中心に集めたものだ。
 その中で副将として長親を支えているのが、叔父の重親である。
 この河田重親はなかなかの武者だ。

 別に柿崎景家や斎藤朝信の様に、軍才があるというのでは無い。
 陣借りでの戦さの経験が多く、場数を踏んでいるのだ。
 それも上方での、浪人衆の鉄砲足軽での戦さの経験が多い。
 そんなもの輝虎の家臣で一人もいない。
 景家にも朝信にも、景持にも当然繁長にも無い。

 鉄砲そのもの扱い、鉄砲隊の扱い、浪人衆の扱い、その全てに重親は優れている。
 そう言う意味で重親は、これから重宝するだろう。
 しかし一軍を任せるとなると、悩むところだ。

 将としてそこまでの器量は無い。
 そして何より本人が、兎に角、甥の長親を立てようとするのである。
 重親にすれば仕官が叶ったのは、あくまで長親が輝虎の寵臣だからと思っているのだろう。
 だからあくまで長親を立てて、長親を中心に一族を盛り立てていきたいのだ。

 そこが輝虎とすれば、今一つ気に食わないところだ。
 だがまぁ仕方ない。


 どこかに不備がないか、重親と共に部隊の見回りをしている長親を眺めながら、ふむ、と一つ輝虎は息を吐く。
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