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  失うには惜しい若者

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 直江景綱の考えとは、隣国会津の蘆名盛氏の仲介で、本庄繁長を赦すと言うものだ。

 輝虎は嫌な顔をした。
「少し甘すぎる」
 他国の国主の仲介で帰参を赦したと言うことは、自分の力で謀叛を抑えられなかったと言うこと。
 輝虎にすれば敗北だし、逆に繁長にすれば主君輝虎を負かしたのだから勝ちである。

 その上、繁長は嫡子を人質に出す代わり、お咎めなしにすると言うのだ。
「そこまで譲ってやる事はないだろう」
 不快げに輝虎は景綱に言う。
「あまり長引かせるのは、得策ではありませぬ」
 それに・・・・・・と景綱は目を細める。
「弥次郎は殺すには、惜しゅうございます」
「分かっておる」
 むしろ輝虎の方が、繁長の才覚を買っているくらいだ。

 あの追い詰められた状況で夜襲を掛けて来るなど、並みの度胸ではない。
 そこは買う、だが・・・・・・・・。

「色部修理は・・・・・助からぬらしいぞ」
 その夜襲で深傷を負った色部勝長は、命が危ういらしい。
 重臣を一人殺めて、お咎め無しでは家中に不和を招く。

「殿・・・・・・」
 低い声で景綱が告げる。
「だからこそにございます」
 景綱の言いたい事は、輝虎にも分かる。

 色部勝長は七十過ぎの老臣だ。
 普通なら隠居しているところだが、嫡子の顕長が病弱の為、老いても無理して戦さに出ている。
 武将の筆頭である柿崎和泉守景家も還暦が近い。そろそろ隠居を考えているだろう。
 そんな家中で、若くて才覚も度胸もある繁長は、失うには惜しい若者だ。

「しかし・・・・・・なぁ・・・・」
 話は分かるが、輝虎とすれば迷うところ。
「家中の不満は、拙者と和泉守どので抑えます」
 その言葉を聴き、ふと輝虎は思った。
 景綱がこれほど繁長を買っているのを、妙に感じていた。
 或いは景家が何か、景綱に言ったのかもしれない。
 この奉行の次席家老と武将の筆頭家老は、変に繋がっているところがある。

 うむ、と呟き、輝虎は腕を組む。
 殿、と景綱が呼びかける。
「弥次郎の奴は、調子に乗るぞ」
「乗せておけば良いのです」
 冷めた口調で景綱が返す。
「・・・・・・・」
 目を細める輝虎に、静かに景綱が告げる。
「調子に乗せておくほうが、あやつは扱い易うございます」
 確かに、と輝虎は苦笑して頷く。

「いずれ別の時、別の事でお灸をすえましょう」
「そうさあ・・・・・そうだな」
 悩みどころだが、これ以上時を掛けたくない。
 それに景綱の言う通り、繁長は殺すには惜しい。
 景家も同意なら、まぁ良いだろう。

「分かった、それで手を打て」
 



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