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  老いと若さ

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「もし武田が攻めてくれば、拙者が止めてみせます」
 そう言ったのは、村上義清の息子、国清である。
 国清は初め、人質として輝虎の養子になった。
 その後、輝虎が上杉家を継ぐ時、越後の山浦上杉家を継ぎ、山浦国清と名乗っている。
 既に義清は隠居し、父の代わりに村上の旧臣たちを率いて輝虎に仕えている。

「武田が攻めてくるのは、おそらく上野から、信濃からではありませぬ」
 国清の言葉に、実乃が反論する。
 輝虎もそう思うが、だからといって実乃に何か策があるわけではない。

 先ほどから評定を眺めていると、景持ら若い連中が、打って出ましょう、その時は自分に先鋒を任せて下さいと言う。それに対し、そうすればこうなって危険だ、と実乃が反対するだけ。
 そしてその実乃に何か妙案があるわけでもなく、ただ慎重に様子を見ようと繰り返すだけ。

 老た実乃が老た物言いをする。
 それを聞いているだけで、輝虎は嫌な気持ちになる。

 かつて輝虎が兄晴景に対し謀叛を起こそうとした時、実乃は止めなかった。
 傅役の金津義旧は止めたが、実乃は止めなかった。
 その実乃が今、若い連中の言うことを、直ぐに止める。
 老いと言うものは、見ていてあまりいい気はしない。

 ふと輝虎は、武将側の筆頭として右列の一番前に座る、柿崎景家に目をやる。
「・・・・・・・・・」
 景家は黙ったまま、腕組みをして目を瞑っている。
 評定を開くと決めた時、輝虎は少し景家に期待した。
 或いは何か妙案を、景家が言うのではないかと。
 しかし景家は何も言わない。

 景家も既に五十過ぎ、実乃の二、三歳下だ。
 老いている。
 だから妙案が浮かなばいとは言わないが、或いは斎藤朝信ならとも思ってしまう。
 朝信は今、越中から椎名康胤が攻めて来るかもしれないので、西の国境にいる。
 ただおそらく朝信もいたところで、景持らと同じような事を言うだけだろう。

 宇佐美定満なら・・・・・・。
 そう思うが、考えても仕方がない。

 どちらにしろ、今はどうする事も出来ない。

「ここは・・・・・」
 輝虎が諦めて目を閉じていると、景家の対面に座る奉行の筆頭、直江景綱が声を上げた。
「一息入れましょう」
 目を開けて輝虎は、景綱を見る。
「話が煮詰まっております」
 淡々と景綱が告げる。
「一晩休んで明日の朝、再開しましょう」
「何を悠長な」
 景持が反対しようとするが、
「わしも大和守どのに賛成じゃ」
 と景家が言うと、うっ、と黙る。
 景綱と景家が言うので、他の者も反対しない。
 
 評定はお開きとなった。
 
 
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