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  椎名康胤、裏切る

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 山吉豊守を、上野の厩橋に送った。
 しかし北条高広は会おうとしない。
 それでも豊守は上野に留まり、なんとか高広に会おうと手を尽くしている。
 
 そんな時、次なる凶法が届く。
「なんだと・・・・・」
 取り次ぎ役の豊守は上野にいるので、直江景綱が報告に来た。
「椎名右衛門大夫が、武田と通じました」

 椎名右衛門大夫とは、越中松倉の椎名康胤の事である。
 越中の豪族椎名家とは、輝虎の父、為景の代から深い関係の中だ。
 康胤が同じく越中豪族、神保長職に攻められた時、輝虎は助けにも行っている。

 それなのに裏切られた。

「まことか・・・・・?」
 景綱の後ろに座る、長尾景直に目をやる。
 はい、と景直が、憔悴した顔で頷く。
 景直は越後長尾家の一族だが、康胤に跡継ぎが居ないので養子に出した。
 その景直が命からがら、越中から逃げて来たのだ。

「なぜだ?」
「・・・・・・和睦の事を、右衛門太夫さまは、よく思っておらず・・・・」
 輝虎の疑問に、景直は言いにくそうに答える。

 その事かと、輝虎は顔を歪める。
 康胤に頼まれ兵を出し、神保長職を追い払ったが、輝虎が越後に帰ると、再び長職は兵を上げた。
 泥沼になると思った輝虎は、越中、能登の守護である畠山義綱に、康胤と長職の和睦の仲介を頼む。
 しかしこれに康胤は不服だった。
 康胤にすれば輝虎が関東や信濃で戦さをせず、越中に専念してくれれば、長職を討ち取れる事が出来るのに、追い詰めても、関東の事があるからと言って、越後に戻ってしまうので、討ち取る事が出来ない。
 逆に言えば輝虎からすれば、越中のことをこのあたりで手打ちにすれば、関東に専念できる。
 そこで康胤の不満の押し切り、和睦を結ばせた。

 その不満を武田信玄はついたのだ。
 ぐぐぐぐっ、と輝虎は唸る。
 いつもながら姑息な手だが、見事なものだ。

「如何致しましょう?」
 景綱が問う。
「斎藤下野守を呼べ」
 輝虎は早口に答える。
 斎藤朝信を国境に送り、一撃与える。しかしそれ以上深追いはしない。

 罠だ。
 輝虎はそう見ている。
 康胤を寝返らせ、輝虎が兵を西に向けた時、おそらく信玄は信濃か上野からか攻めてくるつもりだ。
 ここは不用意に動けない。
 輝虎は春日山の城で、ジッと耐える事にした。

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