上 下
108 / 167

  卯松

しおりを挟む
 輝虎には今、長尾政景の様な、信用出来る一門衆が必要だ。
 候補は一人いる。
 政景の息子、卯松だ。
 ただし卯松はまだ十歳、留守を任せるには十年は待たねばならない。

 だが取り敢えず輝虎は、自分に何かあった時に為に、跡継ぎとして卯松を養子に迎えた。

 輝虎は三十路を半ば過ぎたが、相変わらず女性を近づけない。
 当然、子もいない。
 
 未だに性というものに対しての、嫌悪感がなくならないのだ。

 周りの者は当然、心配する。
 直江景綱が何度も、
「どなたか娶られませ」
 と言ってくる。
 その度に、
「よい」
 と言って輝虎は取り合わない。

 困った景綱は、輝虎の姉の綾に説得を頼む。

「平三どのも、どなたか側に置いた方が・・・・・」
「姉上、構わないでください」
「しかし、お家の為にも・・・・」
「跡継ぎ、卯松がおります」
「まぁ、それは・・・・・」

 綾もそれ以上は、何も言わない。

 姉上も母親だな、と輝虎は苦笑する。

 景綱に言われ説得に来たが、綾とすれば自分の息子が当主になるのなら、それでそれで文句は無い。
 弟の輝虎が妻を娶って子をもうけることを望まぬわけではないが、自分の息子が当主になれるのならば、それの方が良い。

「姉上からも、皆に言うてくだされ」
 内心苦笑しながら、穏やかな顔で輝虎は告げる。
「卯松はしっかり者ゆえ、跡継ぎには申し分ないと」
「まぁ、平三どのがそこまで言うなら」
 綾は微妙な笑みを浮かべる。
 お頼み申します、と言って、輝虎は綾を追い返す。

 綾にはしっかり者と言ったが、卯松はよくわからない子供だ。
 無口で暗いところがある。
 知恵が足らないと言うとこは無いが、十歳頃の輝虎の様な腕白と言う事はない。
 まぁ、まだ十歳、長い目で見ていこうと輝虎は思った。
しおりを挟む

処理中です...