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  最も必要な人物

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 輝虎としても北条高広の代役の事、なんとかしてやりたいのは山々だ。
 しかし簡単に出来ないのが、今の輝虎である。

 輝虎にとって、長野業正以上に失って困ったのが、義兄の長尾政景である。
 遠征に出る時輝虎は、留守を政景に任せていた。
 一門衆筆頭の政景は信用できるし、他の者も政景なら納得するからである。

 人にはそれぞれ才覚がある。
 戦さが得意な者もいれば、そろばん勘定の得意な者もいる。
 才覚を生み出すのは、欲だと輝虎は思う。
 強くなりたいと思うものは強くなり、賢くなりたいと思うものは賢くなる。
 それが才覚だ。

 政景は君主としての才覚はない。
 なぜなら欲が無いからだ。
 輝虎がお芝居で出家して、政景に家督を譲るといった時、本気で政景は断った。
 策を読んだのではない。本心から君主になる気がないのだ。

 無欲で義理堅く、誠実な男。
 それが長尾政景という人物なのだ。

 その政景を失った。

 だから遠征に出る時、留守を任せられる人物がいないのだ。

 一応は直江景綱に任せている。
 政景がいた時も、景綱を置いていくことは多かった。
 奉行の仕事をさせる為だ。

 奉行の仕事とは、要するに土地争いの裁定だ。
 それを景綱が吟味し、政景が承認して裁定を下すのだ。

 しかし政景が亡くなり、それが出来なくなった。

 家中に人望もあり、公明正大な景綱ではある。それでも君主の一門衆ではない。
 裁定される側からすれば、自分たちと同じ家臣だと思ってしまう。
 政景が裁定すれば主家の決定となるが、景綱であれば、あくまで自分たちと同じ家臣の決定である。
 裁定の不服の者は、輝虎が戻ってくると訴えてくる。

 そう言うわけで政景を失ったことは、輝虎にはかなりの痛手だ。
 或いは優秀な奉行である直江景綱や、戦さ上手の柿崎景広を失うより大きな痛手である。

 なんとかしなければならない。
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