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  騅

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 直江景綱が守る善光寺まで、政虎は退いた。
 
 戻って来ぬ者の多い。
 馬廻り衆では、志田義時と大川高重らが討ち取られた。

「散々な戦さだな」
 全てが予期せぬ事だった。
 戦さなのだから、それはしょうがない。
 無理に無理を重ねた。
 ただ信玄を討ち取りたかった。
 どれだけ死者を出しても構わない。信玄一人を討ち取りたかった。

 それが出来なかった。

「負けだ」
 小島貞興はそうでないはと言ったが、政虎には間違いなく負け戦さだ。

「皆に休むよう言え」
 そう景綱に命じる。
「わしも休む」
 そう言って政虎は、厩に向かう。


「助からぬか?」
 厩に着くと、倒れている放生月毛の前に立つ馬丁に尋ねる。
「あっ、はい」
 馬丁は慌てて振り返る。
「申し訳ありませぬ」
 若い馬丁は目を晴らしている。
 放生月毛を大事に世話しているのだ。その死を政虎よりも悲しんでいる。

 政虎は腰を下ろし、放生月毛に近づく。
「・・・・・・・」
 息も絶え絶えな放生月毛が、その大きく黒く潤んだ目で、政虎を見つめる。
「お前は我が騅だ」
 騅とは唐土の英雄、項羽の愛馬だ。
 いや、と政虎は首を振る。
「騅は項羽を、逃すことが出来なかった」
 政虎は放生月毛の顔を撫でる。
「お前は騅より偉大だ」
 放生月毛は目を閉じ、息が穏やかにる。

「丁重に葬ってやれ」
 そう命じると馬丁が、ありがとうございます、と答える。

 厩を出ると、小島貞興が立っていた。
「代わりの馬を、また奥州まで探して来てくれ」
 承知、と貞興は答える。

 戦さの度に貞興は馬を潰す。
 貞興の巨体と荒々しい戦いに、馬が耐えられないのだ。
 それで戦さが終わると、その都度、奥州に馬を買いに行っている。

 貞興にとって馬と槍は戦さの度に使う潰すもの、名前も付けない。
 槍の方は良い物を求めない。
 戦さ場で拾った物を、城下の鍛冶屋に打ち直させるだけだ。
 
 馬はそういう訳にもいかないので、大きいのを奥州に探しに行く。

「弥太郎が必要というものは、全部買ってやれ」
 そう政虎は、直江景綱や山吉豊守に言ってある。

 小島弥太郎貞興に必要な物は、政虎の軍に必要な物だからだ。
 
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