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  毘沙門天

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 濃い霧の中、越後勢は整列する。
 先陣は、柿崎景家の隊だ。
 政虎はその前に進み、全軍を見回す。

 静まり返った全軍に、政虎は大声で告げる。
「甲斐衆は愚かにも、九郎判官を気取り、妻女山の裏手から、逆落としをかけようとしていた」
 ゆっくり愛馬、放生月毛を歩ませながら、政虎は続ける。
「わしはそれを見抜き、山を降りた」

 内心、嘘をつけ、と己に言って苦笑する。
 しかし顔には勿論、それを出さず話を続ける。

「敵は我らが裏手から攻められ、山から逃げたところを攻め立てようと、この先で待ち構えている」
 濃い霧の先にある、八幡原を政虎は指さす。
「我らはそこを打ち砕く」
 バッと手を横に振る。
「勝利は我らの手の内にある」
 グッと政虎は手を握りしめる。
「なぜなら信玄入道は、公方様の和議を破った大逆人であり、わしは公方様より関東の静謐を任された管領であるからだ」
 ジッと政虎は家臣たちを見回す。家臣たちも強い視線で政虎を見つめる。
「大義は我にあり」
 拳を振り、一段と大きな声で政虎は告げる。
「更にもう一つ・・・・・・」
 少し声を小さくして、政虎は〝毘〟と書かれた旗を指差す。
「わしには毘沙門天の加護が宿っておる」

 政虎は居城春日山城の城内に、毘沙門堂という御堂を建てた。
 出陣前にはその毘沙門堂に籠っている。
 芝居だ。周囲の者を騙して信じさせるお芝居だ。

「わしを信じろ」
 胸を叩く。
「管領であり、毘沙門天の化身であるわしを信じろ」
 政虎自身少し驚く。自然と己を毘沙門天の化身と言ってしまったのだ。

「わしを信じ、正義を信じ、勝利を信じ、突き進め」
 愛刀、小豆長光を抜き、前方を指す。
「敵総大将、武田信玄入道を討ち取りし者には、甲斐一国を与える」
 自分は織田信長とは違う。
 もし本当に武田信玄を討ち取れるならば、そのまま甲斐まで攻め込む。
 それを自分自身に、そして家臣たちに宣言する。

「いざ」
 向きを変え、武田勢がいるであろう八幡原の方を、ジッと政虎は睨みつける。
「進め」
 おおおおおおおおおっ、という咆哮と共に、全軍が駆け出す。
 
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