私訳戦国乱世 クベーラの謙信

偏諱

　関東管領職は、京の足利公方の許可を得なければならない。
　そこで景虎は神余親綱に命じ、大館晴光に越後に来てもらうように頼んだ。
「源氏ではないそれがしが、管領職に就くのは前代未聞」
「そう・・・ですねぇ」
　景虎の言葉にあまり興味なさげに、晴光は応える。
「それがしは何度もお断りしたのですが、お気持ちは変わらぬと」
「なるほど」
「公方まさもお気持ちを害しておると思いますが・・・・」
　深く景虎は頭を下げる。
「関東の静謐を守ため、平にご容赦ください」
　茶番だな、と景虎は思う。
　義輝にすれば、関東管領の職を上杉憲政が就いていようと、景虎に譲ろうとそれほど興味は無かろう。
　晴光の受け答えが、それを表している。

「弾正少弼どのが無欲、無心なのは、上さまもご存知」
　晴光はわざとらしく、大きな声で告げる。
「管領職に就く事、特別の特別を持って許可致す」
　ハハッ、と景虎は頭を下げる。

　既に親綱が銭を払って、義輝から許可を得ていることは決まっている。
　それなのに一応のお芝居だ。

　はぁ、と内心、ため息を吐く。
　朝廷の官位に続き、幕府の役職まで銭で買った。
　買っておいて言うのもなんだが、世も末だ。
　まぁ尤も、管領職の方は、景虎が欲しがったわけではない。

「それで管領就任の折には・・・・・・」
　晴光が懐から、封書を取り出す。
「勿体なくも上さまが、偏諱致すとの事」
「恐れ多いことにございます」
「今後も、忠節に励むよう」
　ハハッ、と景虎は頭を下げて、封書を受け取る。


　役職を貰い、名も貰った。
　肩書きは力になる。
　だが肩書きだけでは、なんにもならない。
　力があって初めて、肩書きは威力を増す。

　侍の力はただ一つ。
　戦さをし、勝だけだ。

　関東管領となるべ、景虎は関東へと向かう。