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  桶狭間

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 越後に戻ると、また高梨政頼から救援の使者が来る。
 まぁ、来年には・・・・と景虎は答えておく。
 いい加減に、行っておかないと、流石にまずいなぁ、と景虎は思い、次は信濃だな、と決める。

 そんな景虎の元に、とんでもない報せが届く。
「今川の治部の大輔(今川義元)が、織田との戦さで討ち死にいたしました」
 目を大きく見開き、興奮した顔で山吉豊守が告げる。
 初め、言葉の意味がよく分からず、景虎はしばし黙っていた。
 少ししてようやく、えっ、と声を漏らす。
「まことに・・・・・か?」
 いつも冷静沈着で無口な直江景綱が、驚いて動揺したのだろう。景虎を無視して、豊守に問う。
「まことございます」
 興奮して早口に豊守は答える。

 駿河の今川と尾張の織田は、それまでも戦さを続けていた。
 今川の当主義元は、決着をつける為、駿河遠江、そして三河の国衆地侍に号令をかけ、大軍を率いて攻め込んだのである。
 それを織田信長が、返り討ちにしたという事だ。

「まことに、治部大輔は討ち取られたのだな?」
 景虎がもう一度、確認する。
 少し冷静になった豊守が、落ち着いて、はい、そのようです、と答える。
 ううううっ、と景虎は唸る。

 戦さは水もの、蓋を開けてみないと分からない。
 大番狂わせはある。
 例えば上杉憲政と北条氏康の川越の戦いだ。
 八万とも十万とも言われた憲政の関東連合軍を、一万と少しの北条軍が破ったのだ。
 しかしそれでも、憲政は討ち取られていない。
 大将が討ち取られる、それも多勢の方の大将が討ち取られるなど、聴いたとこが無い。

「これは・・・・・」
 運が転がり込んできた。
 
 景虎は武田と北条を相手に戦っている。
 悩みは勿論、両者を相手にしている事だ。
 関東に攻め入れば、信濃が攻められ、信濃を攻めれば、北条が動く。
 そうなれば安易に動くこと出来ない。

 武田北条の両者の強みは、今川を加え、三者で手を結んでいる事だ。
 これで三者は背後を気にせず、勢力を拡大することが出来る。

 その一角が崩れた。

 今川は滅んだわけではないが、その当主が討ち死にしたのだ。
 織田もこのまま黙っているわけがない。
 三河遠江に攻め込むだろうし、或いは勢いのまま駿河まで落とすかもしれない。
 そうなれば信玄も氏康も、背後を気にしないわけにいかない。

 勝機だ。

 よし、と言って景虎は、岩鶴丸こと元服した河田長親を呼ぶ。
 京に登り神余親綱に、織田に祝いの使者を出すように命じた。
 
 まさに奇貨だ。
 偶然信長も、景虎同様、足利公方義輝に呼ばれ上洛していた。
 信長に直接会っていないが、その奉行の村井貞勝という者が、商いの取り引きを持ちかけてきていた。
 結びつきを強くして、武田北条を、織田と挟み撃ちにすれば良い。
 

 これで関東信濃、どちらを攻勢をかけることが出来る。
 天運、我にありだ。
 
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