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  人狩りの作法

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 物事にはなんでも作法があるものだと、景虎は人を売り買いする市を眺めながら思う。

 景虎が関東に攻めた理由の一つが、人を集めて越後に連れて行くことだ。
 越後では青苧の商いが盛んで、その為の職人、運ぶ人足、直江津の港から上方まで船で運ぶので、その船員に船大工。更にそれらを喰わせるための飯屋など、幾らでも人はいる。

 それで関東で人狩りをして、越後に連れて行くというのだが、初めは景虎も良い気はしなかった。
 武家の大将で国主であるとは言え、それでもその前に人間だ。
 人を無理矢理連れて行くというのは、心が痛む。

 だが実際にはそうではないらしい。

 越後の兵が農村を襲い、人を攫っていく。
 だが事前にその事を聞きつけ、村の者は山や森に隠れる。
 正しく言えば隠れるのは、農家の当主や長男坊である。
 部屋住みの次男や、そもそもその家の小作人、奴隷だった者は、置いていかれる。
 それを越後の兵が連れて行くのだ。

 襲われる側も、言ってしまえば口減らしなのだ。

 やられている方が手慣れているというのは呆れるが、考えてみれば関東をずっと戦乱なのだ。
 このな事は当たり前で、作法まであるのだ。

 
「殿」
 山吉豊守が報告に来た。
「多功城で、佐野小太郎殿が討ち死にされたそうです」
 そうか、と景虎は、素っ気なく答える。

 宇都宮家の家老壬生綱雄に命じ、宇都宮城の支城である多功城を攻めさせた。
 所詮は宇都宮家の内紛に、景虎が付け入っただけの話だ。
 綱雄が駄目なら、切り捨てても良い。
 なぜなら元々、綱雄は謀叛人なのだから、そこまであてにしてい無い。
 勿論それを承知で、綱雄も景虎に後ろ盾を頼んでいるのだ。
 ここで結果を出さなければ、それで終わりだ。
 そして出せなかったと言うことだ。

 武士の、そして戦乱の世は厳しい。
 綱雄に同情はしない。
 明日は我が身だ。
 勝ち続け、結果を出し続けなばならない。

 縄に繋がれ、連れて行かれる人々を眺めながら、景虎は武士の作法を思う。
 勝たねばならぬ。
 それが、それだけが武士の作法だ。
「岩槻の太田美濃守(資正)に使者を送れ」
 人の列から視線を外す。
「我らは越後に戻るので、後始末を頼め」
 承知しました、と豊守が答えた。
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