私訳戦国乱世 クベーラの謙信

関東諸侯

　景虎が上野から下野に軍を進めると、どの城もあっさりと降った。

　関東の情勢は微妙だ。

　関東武士の棟梁は、関東公方足利晴氏である。
　父の高基や叔父の義明を滅ぼし、公方の地位を確固たるものしていた。
　晴氏の妻は北条氏綱の娘なのだが、氏綱との関係は良好で、叔父の義明を滅ぼしたのも、氏綱の協力によるものであった。

　しかしその息子、氏康の代になると、関係が悪化。
　氏康と上杉憲政が争った川越の戦いで、晴氏は憲政方に付いている。

　だが憲政が負けて越後に落ち延びると、仕方なしに氏康の庇護を受ける。
　庇護と言っても、実質は幽閉。
　晴氏には氏綱の娘の前に娶った妻、簗田高助の娘との間に子がいるのだが、その嫡子藤氏では無く、氏綱の娘との子、義氏に家督を継がされている。

　これに対し簗田高助や、上杉憲政の家臣であった長野業正、そして川越の戦いで討ち取られた扇ヶ谷上杉家当主朝定の旧臣、太田資正、成田長泰らが反発している。

　とは言え、業正らも氏康を非難して言えるが、小田原の城まで攻める力までは無い。
　一方氏康の方も、業正らを攻め滅ぼすほど力はない。
　その為、両者は微妙な均衡を保っているのだ。

　関東の騒乱は百二十年前の永享の頃から、関東公方と関東管領の間で、そして公方同士管領同士で争っていた。
　それが晴氏が父と叔父を倒したことにより、収束を迎える。
　しかし今度は代わりに、北条やその他の国衆地侍たちの力が増してきた。
　そんな状況である。




　公方、管領の力が弱まれば、国衆地侍の力が増す。
　それは上方も関東も変わらない。

　そしてもう一つ同じなのは、それらの土地争い、家督争いである。

　かつて上野、下野を支配していたのは、武家の名門、宇都宮家である。
　しかしその大家も衰退していき、過労の壬生氏、芳賀氏らが台頭していく。

　景虎が下野に来た時、壬生綱雄が早々に主従を誓って来た。
　理由は、綱雄が敵対している主君、宇都宮広綱と家老の芳賀高定が、北条家に後ろ盾を頼んでいるからである。
　敵の敵は味方という理屈だ。

　関東は公方や管領といった、大きな対立は無くなった。
　しかし国衆や地侍の、土地争い家督争いは激しくなっている。

　その混沌の中を、景虎は進んでいく。