私訳戦国乱世 クベーラの謙信

大館晴光

「話にならぬわ」
　怒号を上げて、景虎は立ち上がる。
　ひっ、と短く悲鳴を上げて、大館晴光は震えながら口を開く。
「こ、この条件で和睦を・・・・と公方さまが・・・・」
「公方さまが、真にそう仰ったのか？」
　景虎が睨みつけると、
「いえ・・・その・・・」
　と呟きながら、晴光は顔を伏せる。
「殿」
　側に控える直江景綱が、景虎を宥めるようとする。
　しかしそれを無視して、景虎は晴光に詰め寄る。
「それで上洛せよと、公方さまは仰っておるのか？」
「それは・・・・その・・・・」
　晴光は戸惑いながら答える。
「そうなのですが・・・・」
「呆れて物も言えぬわ」
　ドカリとその場に景虎は座る。
「・・・・・あの・・・・・」
　恐る恐る、晴光が尋ねてくる。
「上洛はいつ頃になりそうですか？」
　はぁ？と景虎は大声をあげる。
「そんなもの行くわげなかろうが」
「しかし公方さまは弾正弼どのが上洛するのを、心待ちに・・・・・」
「しったことか」
　景虎が怒りの声を上げると、再び景綱が、殿、と諌める。
「それこそ武田大膳に、いや」
　景虎は吐き捨てる様に告げる。
「信濃守に命じれば良かろう」
　いや・・・それは・・・・・と晴光は困惑する。
　武田晴信が応じるわけがないだろう。
「大館さま」
　景綱が口を挟む。
「殿は今、カンの虫のご病気で、気が立っておられます」
　誰がカンの虫の病気じゃ、と景虎は景綱を睨む。
　景綱は構わず続ける。
「いずれ落ち着きましたらその時、お話の続きを致しますので、少し別室でお待ちください」
　そう言う景綱は、目で山吉豊守に合図を送る。
　サッと豊守は立ち上がり、
「こちらです」
　と晴光を案内しようとする。
　景虎の方を見て、それでは、と言うと、晴光は部屋を出る。