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  地黄八幡

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 武田晴信は、謀(はかりごと)の名手ではあるが、戦さは弱い。
 ただ天はそんな晴信の為に、戦上手の弟を与えた。
 その頼りの弟、信繁を晴信は旭山城に入れる。

 そうして景虎を抑えている間に、晴信は次の策を講じた。
 援軍を要請したのだ。

 今川には頼めない。
 和睦の斡旋を頼んだのに破った。と言うのは表面上の話。
 今川義元の狙いが、景虎と晴信が潰し合う事だからだ。

 そうなると後は、北条と言うことになる。

「ほぉ、地黄八幡が来たか・・・」
 葛山城の評定の間で、山吉豊守から報告を受け、景虎は声を漏らす。

 地黄八幡とは、北条の当主、氏康の妹婿、綱成のあだ名である。

 氏康が、上杉憲政ら関東管領連合軍を破った川越の戦いで、その川越城に半年以上を籠り、陥落させなかったばかりでなく、氏康が後詰に来た時、城から打って出て、散々に多勢の連合軍を蹴散らしている。

 今、関東で間違いなく一番の闘将だ。


「上田に入ったもようです」
 豊守の報告に、うむ、と景虎は応える。

 上田は旭山の南にある。
 もし景虎が旭山を囲めば、その背後を綱成が襲ってくるだろう。
 逆に上田を攻めれば、当然、信繁が出てくる。
「動けぬ、なぁ・・・・」
 武田と北条の名将を、同時に相手にせねばならなくなった。

 殿、と斎藤下野守朝信が声を上げ、進み出る。
「拙者にお命じくだされば、直ぐに上田に向かい、その地黄八幡とやらを、討ち取ってみせます」
 胸を張り、大声で告げる朝信に、景虎は苦笑する。

 越後一の武将といえば、柿崎景家であろう。
 では二番手はと言われれば、北条高広や色部勝長などいるが、この斎藤朝信だと景虎は思っている。
 景家が冷静沈着で寡黙なのに対し、朝信は勇猛果敢で、多弁では無いが、剛気な男だ。
 手柄云々ではなく、単純に、関東一と言われる北条綱成と戦ってみたいのだろう。

 その剛気さは景虎も好むところではあるが・・・・・。
「下野守」
 景虎は朝信を呼ぶ。
 片目の朝信は、その強い眼差しで、景虎をじっと見る。
「地黄八幡も手伝い戦さじゃ、本気は出すまい」
「そう・・・ですか・・・」
「いずれ相模にも攻め込む」
 強い口調で景虎は告げる。
「その時に討ち取れ」
 景虎がニヤリと笑うと、カッカと笑い、
「承知」
 と朝信も応える。
 
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