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  懇願

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 和睦がなり、長尾武田は互いに引き上げる。

「それでは・・・・・」
 息子の定勝を連れて宇佐美定満が、景虎に挨拶に来た。
「宇駿どの・・・・・待ってくれ」
 去ろうとする定満を、景虎が呼び止める。
「話がある」
「・・・・・そうですか」
 動きを止めて、定満は座り直す。
「みな、少し退ってくれ」
 本庄実乃や山吉豊守に、そう命じた。
「・・・・・」
 実乃は黙って、一礼して退がる。

 ふぅ、と一つ息を吐き、景虎は告げる。
「此度の事で分かった」
「・・・・・・・」
「拙者には、越後の国主には、宇駿殿が必要だ」
 黙って定満は、景虎の言葉を聞く。
 

 今回の和睦の事で、景虎は心の底からそう思った。
 本庄実乃は別に無能ではない。
 だが実乃が考えつくことは、景虎でも分かる事だ。
 
 武田と自分たちが争った時、武田と手を組んでいる今川も、自分たちの敵だと、景虎も実乃も考えてしまう。
 少なくとも、味方では無い。こちらに益する事をするわけが無い。
 そう考えてしまう。

 しかし本当はそうではない。
 世の中単純に、敵味方に分かれているわけではないのだ。
 それぞれに思惑があり、その思惑で動いている。
 手を結んでいるからと言って、その相手の利益になる事をするわけもで、相手もしてくれるわけでもない。
 己の思惑のためなら、手を結んでいる相手に害を与える事もある。

 そういう駆け引きが、景虎や実乃では出来ない。

 物事を自分たちの方からしか、見ないからだ。
 
 相手の立場から、或いはもっと高い位置から物事を見る。
 そう言うことが、景虎や実乃には出来ない。

 越後一国を治めるだけなら、それでも良いだろう。
 しかし他国との駆け引きとなれば、まして武田晴信や太原雪斎などの曲者とやり合うには、実乃では力不足・・・・いや、勝負すら出来ない。

 そういう事が出来る者は、越後に一人しかいない。
 
 宇佐美駿河守定満だけなのだ。



「拙者の側に居てくだされ」
 景虎は頭を下げる。
「お頼み申す」
「・・・・・・・」
 周りに誰もいない、景虎と定満だけだ。
 しばしの沈黙の後、
「お断りいたします」
 と定満は告げる。
 にべもなくと言う言葉の、見本の様な口調で定満は断った。

「拙者のためではござらぬ」
 顔を上げて、景虎は迫る。
「越後を守る為にござる」
 ふぅん、と定満が息を吐く。
「別にそれがしは、平三どのが嫌いだから断っておるわけでは無いですよ」
「では・・・・・」
 景虎は眉を寄せる。
「何故でござる?」
 うぅぅむっ、と顔を歪め、いつもの様に顎を撫でながら、定満は少し考えている様子だ。

「・・・・・」
 景虎は黙って、しばし待つ。
「分かりました」
「お受けいただけるので?」
「いや、そうはございませぬ」
 そう言って定満は手を振る。
「越後に戻ったらおりを見て、また使いを出します」
 定満は景虎の方を見て、不敵に微笑む。
「その時に、またお話ししましょう」
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