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  武田信繁

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 再び訪れた太原雪斎に、和睦の仲介を頼んだ。
 それでは、と雪斎は応じ、和睦は進む。
 
 長尾側から本庄実乃と山吉豊守を使者として送ると、武田側からは武田晴信の弟、信繁はやって来た。
 
「武田左馬助信繁でございます」
 名乗る信繁を見て、ほぉ、と景虎は思った。
 信繁は景虎より五つほど年上の、三十路前後だろう。
 くっきりとした顔立ちで、鋭い目と、張った顎をしている。
 大柄というわけではないが、しっかりとした体付きをしており、特に手が大きい。
 
 以前、高梨政頼が、
「武田大膳(信玄)は卑怯なだけの男ですが、弟の左馬助の方はなかなかの武者です」
 と言っていたが、なるほど、と景虎は納得する。
 押し出しの良い、いかにも大将と言った男だ。

 信繁の背後に、片目で片足の従者が控えていた。
 その男が貧相な為、信繁の威厳が更に増して見える。

「和睦を受け入れて頂き、かたじけのうございます」
 深く信繁は頭を下げる。
 うむ、と短く景虎は頷く。

 どうせまた何か謀を巡らせてくるのだろうが、当然そんなことおくびにも出さず、二度と北信濃に手を出さないような口ぶりで、信繁は丁寧に礼を言う。

 では、と間に雪斎が入り、双方の条件を読み上げ、誓紙を取り交わす。
 誓紙を受け取り、それでは、と信繁は去っていく。
 拙僧も、と言って雪斎も帰る。

「・・・・・・・・」
 居並ぶ長尾の家臣の末席で、宇佐美定満は微笑みながら、太原雪斎を見つめていた。
 

 

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