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  大軍師

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 それから数日、景虎はジッと待った。
 あれこれ悩まず、定満の返事を唯々待った。

「これは・・・・・・」
 景虎は驚く。
「なぜ来られた?」
 宇佐美定満が直接、信濃にやって来たのである。
「来てはなりませなんだかな?」
 定満がニヤリと笑う。
「別にそうでないですが・・・・」
 使者を送り、知恵だけ借りれば済む話。
 来られた不味い訳ではないが、まさか来るとは思わなかったのだ。

「実は、是非にお目にかかりたと思いましてな」
 笑みを浮かべたまま定満が告げる。
「・・・・・?」
 景虎は眉を寄せていると、
「平三どのではございませぬ」
 と定満が言う。

 では誰に?という顔を景虎がしていると、定満は、淡々と話を始める。
「駿河今川と甲斐武田そして相模北条・・・・」
 いつもの様に、細い尖った顎を、定満は撫でる。
「三家は手を組んでおります」
 うむ、と景虎は小さく頷く。

 三家の同盟はただの同盟ではない。
 それぞれの嫡子の嫁に、それぞれの娘を与えているのだ。
 いわば三家は、一つの親類と言っても良い間だ。
「この大計・・・・・」
 ジロリと定満は景虎を見る。
「太原雪斎和尚の働きだそうです」
 えっ?思わず景虎は息を呑む。

 関東の雄である、今川、武田、北条の三家は今まで争ってきた。
 単純に三家で争うと言うより、一つの家を他の二つの家が牽制して抑える、或いは足を引っ張るなどをして来たのだ。
 争うことにより、微妙に成立してきた三家が、敢えて手を結んだのだ。
 それにより、今川は三河遠江、武田は信濃、北条は武蔵を後顧の憂い無く攻める事ができる様になった。
 言うなれば天下三分の計ならず、天下三合の計とでも言える策だ。
 そしてこの策を考えた者がいるとするならば、その者はそれこそ唐土の大軍師、張良子房や諸葛孔明に匹敵する知恵者である。


「それが・・・・あの雪斎か」
 景虎の呟きに、ええっ、と定満は応える。
「それがし是非に、天下一の大軍師を、この目で見ておこうと思いまして、信濃に参りました」
「・・・・では、一席設ければよろしいか?」
 いえいえ、と定満は手を振る。
「平三どのとの謁見の時に、遠くから見ておるだけで、十分でございます」
「なぜでござる?」
 景虎が問うと、ニヤリと微笑み定満が答える。
「天下一の大軍師と口を利けば、己ば井の中の蛙であることがばれてしまいます」

「ばれる?」
 眉を寄せ、景虎は首を捻る。
「雪斎和尚にか?」
「いえいえ」
「ではわしにか?」
 ふっ、と鼻で笑った後、
「それは別に構いませんよ」
 と定満が言う。

「では誰にだ?」
「それがし自身にございます」
「・・・・・はぁ?」
「己が大した知恵者ではないと、思い知らされるのでございます」
 その言葉に、景虎はくくっと苦笑する。
 
 
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