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  裏

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 ふうぅぅぅ、と景虎は息を大きく吐きながら、トントントンと膝を指で叩く。
 葛山城の広間、居るのは本庄実乃と山吉豊守だけである。
 実乃は目を瞑り、腕を組んでいる。
 豊守の方は顔を少し伏せ、景虎と実乃の様子を伺っている。

 すぅぅううう、と今度は息を大きく吸い込み、そして止め、景虎は口を開く。
「どう思う?」
「・・・・・・」
 自分に問うていない事を、豊守は分かっているだろう。
 分かっているが、実乃が何も言わないので、迷った挙げ句、あっ、と口を開きかけた。

「裏があると思います」
 豊守が何か言う前に、実乃が答える。
「そうか、そうだな」
 景虎は身体を動かし、姿勢を変える。

 裏がある。
 そんな事は景虎に分かっている。
 武田と今川は手を結んでいる。
 ただ結んでいるだけでは無い。
 今川の当主義元の妻は、武田晴信の姉だし、晴信の嫡男の嫁は義元の娘だ。
 二重で婚姻を結んでいる。
 親類というより、もはや一つの家だ。
 その今川が和睦の仲介に来て、武田に不利な条件を出している。
 何か裏があるに決まっている。

「・・・・・なんだと思う?」
 低い声で景虎が問う。
「・・・・分かりませぬ」
 しばしの間の後、絞り出す様に実乃は答える。
「それがしには、まったく見当も付きませぬ」
 うむ、と景虎は呟く。
 実乃を責める気は無い。
 景虎にも分からないのだから。


 もうすぐ稲刈りの時期。
 景虎の家臣たちは、越後に帰りたがっており、勝手に帰る者までいる。
 或いは武田の方も同じで、それが止まらないのかもしれない。
 ならばもう少しだけ、景虎は家臣たちを説いて耐えさせ、武田が崩壊した後、旭山を落とし、村上義清の本拠地であった戸石まで攻めれば良い。

 しかしそれが罠ならどうする。
 わざと弱みを見せて、景虎を信濃に引きつけておく策かもしれない。
 雪が降って越後に戻れなくなったところを叩けば、確実に景虎を討ち取れる。
 そうなれば、後は春になって越後を攻めるだけだ。
 そもそも武田晴信の狙いは越後なのだから、十分に考えられる話だ。

 そんなことを考えていると、信濃衆のやる気の無さも、疑わしく思えてくる。
 戦さ場でやる気のない彼らを見て、村上義清がこちらに付くよう密使を送っているのだが、なかなか良い手応えだと言う。
 皆、武田の支配には不満があり、長い対陣でそれが高まっていると言うのだ。
 そう言われればもう少し我慢して、敵を内部から崩壊させようと考えてしまう。
 しかしそれが見せかけならどうだ?
 武田晴信が信濃衆に命じ、やる気がない様に見せていただけかもしれない。
 特に木曽の若さまこと、木曽義昌の態度はあからさま過ぎた。
 わざとやる気のない様に見せて、景虎を信濃に止めおくつもりかもしれない。

 それを疑えば、幾らでも疑える。

 その上、家臣である越後の国衆たちも怪しい。

 打って出た時、本陣を任せた柿崎景家は裏切らなかった。
 とは言え、誰も武田と内通していないとは限らない。
 越後を出たときはそうでなくても、この長い対陣に不満を覚え、裏切るかもしれない。

 景虎に不満のある者。
 本庄実乃に不満のある者。
 信濃攻めに不満のある者。
 色々いる。
 それどころか安田景元の様に、北条高広が嫌いで、景虎が高広を赦した事に不満を持つと言う事もある。

 更に言えば戦さ場で、信濃で裏切るのではなく、越後で誰か謀叛を起こすかもしれない。
 留守を任せた義兄の長尾政景は、万に一つもそんな事はないだろうが、他の誰かが起こそうとしているのかもしれない。
 政景は信用できるが、信頼は出来ない。
 謀叛の鎮圧には手間取るだろう。

 ここはやはり引くべきか?
 しかしそれが全て、景虎にそう思わせる為であったら?
 本当はもう、武田は崩壊寸前なのでは?
 そうなれば叩ける時に、叩いておきたい。

 どうすべきか?
 景虎はトントントンと膝を叩きながら迷う。





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