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  木曽の若さま

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 愚かな馬に、愚か者の小島貞興がまたがり、川の中を進んでいく。

「長尾弾正景虎が家臣、小島弥太郎貞興」
 貞興の咆哮が、天地を震わせる。
「いざ、参る」
 猛然と貞興が、一騎で駆ける。
 わぁわぁと声を上げながら、矢が降り、槍が構えられる。
 しかしそんなもの、一騎当千の小島弥太郎貞興には通じない。
 豪槍が振るわれる度に、矢が落ち、槍が兵士ごと吹き飛ぶ。

「我らも続け」
 北条高広が攻撃を命じる。
 わぁああああ、と声を上げ、その手勢が進む。

 ふむ、と呟き、景虎が戦さを眺める。
「脆いなぁ・・・・」
 こちらは景虎の馬廻衆三百と、高広の手勢が二百。
 背後に村上義清の兵が百五十。
 それに対し、武田勢は二千から、三千の間というところ。
 攻撃しているのは、貞興と、高広の手勢だけ。
 なのに武田勢は、いい様に掻き回されている。


「手前にいるのは殆ど、信濃の者たちの様です」
 側に控える本庄実乃が、そう告げる。
 確かに旗印を見るに、その様だ。
 武田は前方に信濃衆を置き、後方に本隊の甲斐衆を控えさせている。


 戦さの時、新参者を前に置くのはよくあることだ。
 ただの使い捨ての、死兵にしているのでは無い。
 新参者に、手柄を立てる機会を与えているのだ。
 そうすることにより、彼らは領地を安堵されるのである。

 その信濃衆に、戦意がない。
 つまり彼らは手柄を立て、武田晴信に認められたいと思っていないのだ。
 武田の信濃統治も、あまり上手くいっていないらしい。



「・・・・・あれは、なんだ?」
 景虎は敵陣の外れを、指差す。
 信濃衆は、あまりやる気がない。
 その中でも、特にひどい一隊がいる。
 戦さ場から離れたところで、ぼうっとしているのだ。

「あれは、木曽の若さまの手勢ですなぁ」
 背後に控えていた須田満親が答える。
 満親は信濃の国衆で、村上義清と同じ様に武田に追われ、景虎の下に身を寄せているのだ。
「木曽の・・・・・若さま?」
 景虎が呟くと、満親が頷く。
 木曽といえば、信濃の名族だ。

「若さまは、戦さ嫌いの腰抜けか?」
 いえいえ、と満親は景虎の言葉を否定する。
「気骨のある若さまです」
「戦さは嫌いの様だが」
 そうではないのです、と言って満親が話を続ける。

「木曽の当主、中務卿は、早々に武田大膳(晴信)に膝を屈し、息子の嫁に武田の姫さまを、と大膳に言ったのです、それに若さまは反対して・・・」
 ほぉ、と景虎は呟く。
「武田と戦さをしましょうと、言っておった様ですが・・・・」
「親父どのが、黙れと?」
 はい、と満親は頷く。
 なるほどな、と景虎は納得する。
 父親に言われ、仕方なく武田の婿になったが、若いから、膝を屈した父が気に入らぬと、拗ねているのだ。
 それで戦さに来ても、戦おうとせず、ボォッと見ているだなのだろう。


 その木曽の軍勢ほどでは無いが、他の信濃衆も、そこまで真面目に戦ってはいない。
 貞興と高広の手勢を遠巻きに囲み、矢と槍で牽制しているだけだ。
 背後に控える武田の本隊、甲斐衆も、特に動かない。
 
 何か策でもあるのか?
 そう景虎は疑ったが、こちらの本陣の方でも、動きは無い。
 誰かが裏切って、景虎を背後から襲うという事も無さそうだ。

 
 やはり景虎が疑心暗鬼に陥り、兵をすぐに動かさないと思っていたのに、予想外に早く動いて、手詰まりになっているのだろう。
 そう思い、景虎は山吉豊守を呼ぶ。
「引き揚げる様に、弥太郎や丹後に言って来い」
 承知しましたと応え、豊守は駆けていく。
「我らは引く、殿(しんがり)は村上どのらにお任せいたす」
 そう景虎が言うと、義清が、
「承知いたした」
 と答え、須田満親に頷く。

 小島貞興、北条高広の軍勢が退がると、信濃勢は一応、追い討ちを掛けてきた。
 しかし村上義清と須田満親が手勢を前に出すと、それ以上は進もうとしない。

「・・・・・・・」
 景虎は少し、武田晴信が居るであろう武田の本陣を見つめたが、直ぐに放生月毛を駆り、己の本陣に向かう。
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