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愚か者
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「おおっ、おるのぅ」
川岸に着き、対岸の武田勢を景虎は眺める。
それほど警戒しているように見えない。
おそらく敵も、もうしばらく睨み合いが続くと思っていたのだろう。
「弥太郎」
景虎が呼ぶと、轡を取っていた小島貞興が振り返る。
「少し武田衆を揉んでやれ」
承知、と答えて、貞興は轡を放し、ピィイイイイ、と指笛を鳴らす。
すると遠くから、ドドドドッドと大きな音がして、巨大な獣が近づいてくる。
「・・・・・っな・・・・」
北条高広も村上義清も、そして二人の部下も、声を失って、そのやって来た巨大な馬を眺める。
景虎の愛馬、放生月毛も並の馬より一回りは大きい。
しかし現れた真っ黒の馬は、その放生月毛より、二回りは大きい。
もはや別の獣だ。
その獣が貞興の前で止まる。
「これは・・・・・弥太郎の馬か・・・・」
ようやく高広が声を漏らす。
景虎の馬を買いに行った時、貞興は自分の馬も探したのだ。
その馬を見た時、景虎は、
「お前の馬の方が、立派では無いか」
と貞興に言った。
すると貞興は、
「この馬は愚か者にございます」
と答えた。
愚か者?と景虎が首を捻ると、はい、と言って貞興は続ける。
「此奴は、人も鉄も戦さも怖がりませぬ」
馬は臆病な生き物だ。
人や鉄、それに血の臭いなどを嫌がる。
「だから戦さ場で、行け、と命じれば、迷わず進みます」
景虎は苦笑し、尋ねる。
「それは愚かか?」
はい、と貞興が答える。
「なら弥太郎、お前も愚かだな」
揶揄い半分に、景虎は言う。
その言葉に淡々と、皮肉でも強がりでもなく、貞興が応える。
「はい、拙者は愚か者でござる」
その言い方が、いかにも小島弥太郎貞興らしかったので、景虎は、ハハハハッ、と大笑いした。
川岸に着き、対岸の武田勢を景虎は眺める。
それほど警戒しているように見えない。
おそらく敵も、もうしばらく睨み合いが続くと思っていたのだろう。
「弥太郎」
景虎が呼ぶと、轡を取っていた小島貞興が振り返る。
「少し武田衆を揉んでやれ」
承知、と答えて、貞興は轡を放し、ピィイイイイ、と指笛を鳴らす。
すると遠くから、ドドドドッドと大きな音がして、巨大な獣が近づいてくる。
「・・・・・っな・・・・」
北条高広も村上義清も、そして二人の部下も、声を失って、そのやって来た巨大な馬を眺める。
景虎の愛馬、放生月毛も並の馬より一回りは大きい。
しかし現れた真っ黒の馬は、その放生月毛より、二回りは大きい。
もはや別の獣だ。
その獣が貞興の前で止まる。
「これは・・・・・弥太郎の馬か・・・・」
ようやく高広が声を漏らす。
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その馬を見た時、景虎は、
「お前の馬の方が、立派では無いか」
と貞興に言った。
すると貞興は、
「この馬は愚か者にございます」
と答えた。
愚か者?と景虎が首を捻ると、はい、と言って貞興は続ける。
「此奴は、人も鉄も戦さも怖がりませぬ」
馬は臆病な生き物だ。
人や鉄、それに血の臭いなどを嫌がる。
「だから戦さ場で、行け、と命じれば、迷わず進みます」
景虎は苦笑し、尋ねる。
「それは愚かか?」
はい、と貞興が答える。
「なら弥太郎、お前も愚かだな」
揶揄い半分に、景虎は言う。
その言葉に淡々と、皮肉でも強がりでもなく、貞興が応える。
「はい、拙者は愚か者でござる」
その言い方が、いかにも小島弥太郎貞興らしかったので、景虎は、ハハハハッ、と大笑いした。
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