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北条城
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景虎は家臣の山吉孫次郎豊守を、使者として北条丹後守高広の元に送った。
豊守は温和な若者である。こういった使者にはうってつけだ。
その豊守の口から、家中の噂として謀叛の一件が出ると、ふん、と高広は鼻を鳴らし、
「馬鹿馬鹿しい」
と告げる。
「・・・・まぁ、勿論、殿もそれがしも、皆、丹後守どのを信じております」
笑みを絶やさず、穏やかな口調で豊守は続ける。
「ですが、そう言う風聞が流れておりまして・・・・・・」
「どうせ惣八郎の奴が、騒いでおるだけだろう」
強い口調で高広は言う。惣八郎とは、安田景元の通称である。
高広の言葉に、ええ、まぁ、と豊守は応える。
「阿呆らしくて、話にもならぬわ」
「確かに、そうですが・・・・」
「平三どのも、平三どのじゃ」
高広ら年長の者は、まだ国主になったばかりの景虎のことを、殿とは呼ばず、平三どのと呼ぶ。
流石に面と向かっては呼ばないが、陰では当然の様にそう呼んでいる。
「惣八郎の話など真に受けるなど、呆れる」
ムッと顔を顰め、高広が告げる。
「大方、周りにろくでもないことを吹き込む奴がおるのだろう」
アハハハハハッ、と豊守は愛想笑いをする。
しかし・・・・・と一応、言うべき事は言っておく。
「越中(安田景元)どのが言うには、丹後どのの所に、甲斐の者が密かに訪ねて来たと・・・・」
「ああ、来た」
言いにくそうに豊守が尋ねると、あっさりと高広は答える。
あまりにもあっさり答えるので、豊守は初め意味が分からず黙っていたが、えっ、と素っ頓狂な声を上げる。
「今、なんと申された?」
「だから、二ヶ月前かな、甲斐の者が訪ねて来た」
「えっ?えっ?えっ?」
豊守が戸惑いながら、もう一度問う。
「甲斐の者が訪ねて来たのですか?」
そうじゃ、と高広が大きく頷く。
「何用で?」
「用も何もない」
高広は怒りに顔を歪める。
「今度もし、我らが信濃に攻めた時、隙を突いて平三どのを討ち取ってくれと言って来たのじゃ」
驚いて、あっ、あっ、あっ、と豊守は言葉を失うが、なんとか声を絞り出す。
「なんとお答えに?」
「答えも糞もあるか」
高広の怒号が飛ぶ。
「ふざけるな、と言って、追い返したに決まっておろうが」
まったく、思い出しても腹立たしい、と高広はぶつぶつ呟く。
「あ、あの・・・・・」
豊守が恐る恐る声をかける。
「その事は殿には、お報せしたのですか?」
「なぜ報せねばならぬ?」
当然と言う様に、高広は問い返す。
「いや・・・その・・・」
普通、するだろう、と思いながら、豊守は言葉に困る。
「わしはなにも、疾しい事も後ろめたい事もない」
グワっと大声を上げ、高広が告げる。
「疾しい事も後ろめたい事もないのに、なぜ一々、報せねばならぬ」
あ、はぁ、と豊守は呟く。
「どうしてもわしをお疑いなら、平三どのがここに来られたらよい」
えっ?と豊守は首を捻る。
「わしはなんの疾しいとろこがない事、お見せいたす」
何故そうなるのか、豊守にはまったく分からなかったが、
「分かりました」
と答えて、北条城を後にした。
豊守は温和な若者である。こういった使者にはうってつけだ。
その豊守の口から、家中の噂として謀叛の一件が出ると、ふん、と高広は鼻を鳴らし、
「馬鹿馬鹿しい」
と告げる。
「・・・・まぁ、勿論、殿もそれがしも、皆、丹後守どのを信じております」
笑みを絶やさず、穏やかな口調で豊守は続ける。
「ですが、そう言う風聞が流れておりまして・・・・・・」
「どうせ惣八郎の奴が、騒いでおるだけだろう」
強い口調で高広は言う。惣八郎とは、安田景元の通称である。
高広の言葉に、ええ、まぁ、と豊守は応える。
「阿呆らしくて、話にもならぬわ」
「確かに、そうですが・・・・」
「平三どのも、平三どのじゃ」
高広ら年長の者は、まだ国主になったばかりの景虎のことを、殿とは呼ばず、平三どのと呼ぶ。
流石に面と向かっては呼ばないが、陰では当然の様にそう呼んでいる。
「惣八郎の話など真に受けるなど、呆れる」
ムッと顔を顰め、高広が告げる。
「大方、周りにろくでもないことを吹き込む奴がおるのだろう」
アハハハハハッ、と豊守は愛想笑いをする。
しかし・・・・・と一応、言うべき事は言っておく。
「越中(安田景元)どのが言うには、丹後どのの所に、甲斐の者が密かに訪ねて来たと・・・・」
「ああ、来た」
言いにくそうに豊守が尋ねると、あっさりと高広は答える。
あまりにもあっさり答えるので、豊守は初め意味が分からず黙っていたが、えっ、と素っ頓狂な声を上げる。
「今、なんと申された?」
「だから、二ヶ月前かな、甲斐の者が訪ねて来た」
「えっ?えっ?えっ?」
豊守が戸惑いながら、もう一度問う。
「甲斐の者が訪ねて来たのですか?」
そうじゃ、と高広が大きく頷く。
「何用で?」
「用も何もない」
高広は怒りに顔を歪める。
「今度もし、我らが信濃に攻めた時、隙を突いて平三どのを討ち取ってくれと言って来たのじゃ」
驚いて、あっ、あっ、あっ、と豊守は言葉を失うが、なんとか声を絞り出す。
「なんとお答えに?」
「答えも糞もあるか」
高広の怒号が飛ぶ。
「ふざけるな、と言って、追い返したに決まっておろうが」
まったく、思い出しても腹立たしい、と高広はぶつぶつ呟く。
「あ、あの・・・・・」
豊守が恐る恐る声をかける。
「その事は殿には、お報せしたのですか?」
「なぜ報せねばならぬ?」
当然と言う様に、高広は問い返す。
「いや・・・その・・・」
普通、するだろう、と思いながら、豊守は言葉に困る。
「わしはなにも、疾しい事も後ろめたい事もない」
グワっと大声を上げ、高広が告げる。
「疾しい事も後ろめたい事もないのに、なぜ一々、報せねばならぬ」
あ、はぁ、と豊守は呟く。
「どうしてもわしをお疑いなら、平三どのがここに来られたらよい」
えっ?と豊守は首を捻る。
「わしはなんの疾しいとろこがない事、お見せいたす」
何故そうなるのか、豊守にはまったく分からなかったが、
「分かりました」
と答えて、北条城を後にした。
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